2006年 03月 01日
無党派、神社お参りフリークから見た先の大戦&靖国神社考-2
 昨日は思わず熱く(暑く?)なってしまったが、いよいよ本題。

 自分の限られた知識や経験からではあるが、さらに話を突き詰めて、先の戦争のみならず靖国の問題を考えていくと、明治以降の近代国家に於ける国家神道とは何か?という疑問につきあたってしまう。これは自分ではまだ解決を見ていない問題であるが…。
 明治になるまでは神仏習合で、お寺と神社の境界が曖昧だったようだが、明治政府による廃仏毀釈で、それまでお寺と呼ばれていたものが神社になったりした(というより神社に戻ったといったほうが正しいのか。自分の好きな大三輪神社も江戸期には三輪明神というお寺だったそうだし)。
 また、国が認めない場合は、例え神道系の宗教であっても取り締まりの対象になったのが、明治から終戦までの日本であったのではないか。

 wikkipediaではこんなふうに書いてある。

 こんな見方もある。伝統的な神道観から見て国家神道に違和感があるというのは、自分だけの感覚ではなかったってことですね。しかし、今後とも自分なりの精査が必要であるかと思いますが。
 自分の結論を出す前によそ様の結論を出すのも、いかがなものかもしれませんが(すいません)、靖国問題の歴史的経過と解決方法について、上記と同じ方が、割とニュートラルなお立場でこんなふうにお書きになっておられます。とても参考になります。
 以上、枕。

 では、以下戦後生まれの戦後育ちである小生の私見です。

http://plaza.rakuten.co.jp/tatsu1209/diary/200510170000/より
(以下引用)
時には悪霊などのネガティブな存在をすら、その怨念が災いをもたらさぬように、神として祀り弔うというのが、元来の日本人の神観だ。だから、仮にA級戦犯といわれている人たちが罪人だったとしても、そうした日本人の元来の神観にしたがえば、おかしくない祀り方なのだ。
しかし、すっかり西洋化してしまった今日の日本人自身の、自国の精神文化に対する無知が、今日の騒動を徒に増長させてしまっている。
(引用以上)

『時には悪霊などのネガティブな存在をすら、その怨念が災いをもたらさぬように、神として祀り』というのは、神社としては比較的新しいものであったり、こう言っては失礼かもしれないが、亜流であったりするもの(菅原道真や平将門をまつったもの)であって、本来神社とは、その神社の建つ土地と密接不可分なものでないのか。それは奈良や伊勢、また一般に古社と呼ばれる神社に行けば明らかではないだろうか。
 さっきも述べたように、そもそも明治以降の近代国家においての国家神道とは何ぞやということが、自分も含めた多くの日本人にまだよく把握できていないのではないか。御所が京から江戸城内に移ったというのも、あの時期に大政奉還された尊王派の日本統治のための作戦だったとも思うのだが、個人的にははたして遷都が正しいことであったのかという疑問もある。欧米列強のプレッシャーを受け、急を要する時代の要請からやむを得なかったとは言え(しかも当時は新幹線なんか無かった時代だからなw)、いうなれば日本の伝統解釈というものが、ねじくれちゃったまま、富国強兵を行い、はては昭和20年8月の敗戦があり、今日まで来てしまったのではないか? その文脈の中で靖国神社が建立されたわけで、その位置付け、意味づけは千年、二千年の(長すぎるようならここ500年ほどの)日本の歴史の時間の流れの中から行うべきだと思う。

 さまざまな面で戦勝国アメリカの強い影響下にあり、上記のような検証も行われていない現況において、靖国を国家の長である首相が公人として参拝することは、いかがなものかと思う。それは国内外の世論を歪んだ方向へ導き、歴史認識を更にねじくれたものにしてしまうと思うのだが…。まず行われるべきは、日本の歴史の流れや世界情勢の中での、先の戦争や、国家神道、天皇制、靖国神社についての幅広い再検証と、国民のコンセンサスの確立だと思われるのだが。
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by darsana-te2ha | 2006-03-01 02:04 | いろいろ感想文


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