2006年 08月 03日
新自由主義化先行国アメリカで進行する内部矛盾-3
 「新自由主義化先行国アメリカで進行する内部矛盾-2」からの続きです。

 今回は「市場主義」と「保守主義」という、「新自由主義」の思想的な二つの出自についてです。佐伯啓思著「成長経済の終焉」(発行:ダイアモンド社)p227~229から引用させていただきます。

(引用開始)
 同じ自立した個人とっても、市場主義者が、もっぱら貪欲なまでに利潤機会を求め、そのためにはリスクを引き受けることを厭わない革新的な個人を想定していたに対して、保守主義者のほうは、政府に寄りかからずに自己規律の精神を持って生きる道徳的で勤勉な個人を考えていた。
 しかも、道徳的に強い個人は、ただ抽象的な個人なのではなく、あくまで伝統的価値観を持った家族や学校教育、地域のコミュニティから育ってくるはずのものであった。端的にいえば、市場主義者は、既成の価値や規範に囚われることなく、新たな機会にチャレンジする革新的な個人を思い描いていたのに対して、保守主義者は、むしろ伝統的な道徳や規範を大事にする責任感ある自立した個人を想定していた。
 このように、同じように「小さな政府」と「自立した個人」を唱えながらも、市場主義と保守主義では、そこに込められた意味はだいぶ異なっている。にもかかわらず、新自由主義は、市場競争の強化による経済の立て直しという一点において、両者をうまく結びつけた。ケインズ主義と福祉主義の終焉という認識が、ここにある矛盾をうまく覆い隠してしまったということである。


 だが、矛盾はどうしても矛盾として表れてくる。ケインズ的財政拡張や福祉国家はもはや正当性を持たないという認識が共有され、両者に共通の「敵」が退場してしまうと、新自由主義の中にある矛盾は顕在化せざるをえない。
 市場主義は、ボーダーレス化した経済という前提に立って、グローバル市場での自由競争やビジネスチャンスの拡大こそが決定的だとみなすのに対して、保守主義のほうは、あくまで関心の対象は国家にある。保守主義者にとっては、国家の競争力、経済の戦略的な立て直しに関心の中心があり、また社会の安定という点からすれば、雇用の確保、物価水準の安定こそが重要な課題とならざるをえない。
 グローバル市場の形成や産業構造の急激な変革は、市場主義者にとっては無条件に望ましいことなのに対して、保守主義者にとっては、むしろ雇用の不安定をもたらし、社会秩序を破壊することもある危険極まりないものともなりえた。
 「自立した個人」にしても、たとえばグローバル投資戦略によってリスクの高い金融商品に投資し、また、より高い利潤と報酬を求めて次々と職を代わる「自立した個人」は、決して保守主義者好みではなかろう。保守主義者にとって「自立した個人」とは、福祉に甘んじて政府に依存した個人ではなく、勤勉の精神と強い責任感を持って家族や企業のために働き、また時には地域や学校においてボランティア的な参加を進んで行なう者なのである。ヘッジファンドに投資をして、巨額の金銭を得、若くしてゲイティッド・コミュニティでプール付きの広大な家に住む「自立した個人」は、決して保守主義者の考える伝統的な価値と勤勉の精神を持った「強い個人」ではあるまい。
 この両者では、共に市場重視、個人の自立といっても、そのイメージが随分違っている。そして、その違いは、現にグローバルな市場が展開し、規制緩和のもとで市場競争が顕著になってきたこの数年、ほとんど覆い隠すできないものとなりつつある。経済が伝統的な製造業から情報・金融の「ニュー・エコノミー」へとシフトし、富の格差が開くにつれ、これまでは隠されてきた市場主義的な「新保守主義」と、伝統的な価値や社会の安定を重視する本来の「保守主義」の間の亀裂は否応なく広がってゆかざるをえない。その意味では「新自由主義」なるものは、決して、現代のポスト工業化へ移行しつつある市場社会を支えうる思想ではない。(太字=当ブログ管理者)
(引用以上)

 「保守主義」は共和党の伝統的な層であり、プロテスタント系の理想を社会に実現してゆこうという考え方であり、国際政治のあり方としては「ならずもの国家アメリカ」を書いたクライド・プレストウィッツ氏の考え方とかが代表的なものなのではないでしょうか。
 一方「市場主義」はユダヤ金融系を源流とし、民主党的な進歩主義的社会改革志向が元になったもので、国際政治においてはネオコンにあたるのではないでしょうか。
 対テロ戦争による挙国一致体制が、両者の矛盾を覆い隠してきましたが、ここのところの戦況の悪化もあり、ネオコン&市場主義に対して保守主義の巻き返しが起こりはじめているのかもしれません。
 
 僕個人的にはアメリカが、資本主義マーケットの拡大とドル価格維持のために中東や極東の問題に首を突っ込みおせっかいを焼きすぎることより、アメリカ国内の社会の矛盾を是正することを第一義とする国になって欲しい。しかし今後起きてくるであろうアメリカの覇権の没落、ドルの暴落による混乱が具体化するまでは、このまま行くところまで行ってしまうのかもしれませんなあ…。
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by darsana-te2ha | 2006-08-03 23:34 | 世界情勢


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