2006年 12月 01日
国境を超えた軍事ケインズ政策と、新自由主義を超えていくためのケインズ理論の有効な利用法etc..。
 愛国的な論客の方々が嘆く、かの日本の国富による大量のアメリカ国債買いとは、見方を変えると国境を超えたケインズ的需要創出政策だったのではないでしょうか?(例=イラク開戦に合わせて財務省が行ったという三〇兆円の不自然な円売りドル買い等) 

 ただ、それはドル市場が今後も広がっていくことで、そこからもたらされる利益が日本に還流してくることを前提にしたお話なわけで、イラクでの失敗、ロシア・南米・イランによるドル基軸体制への攻撃が本格化してきた今後、アメリカに撒いた日本のお金がこれまでのようにドル通貨圏の規模や需要を拡大させ日本に還流してくるのか大いに疑問です。 そろそろ、ドル基軸通貨体制崩壊によるドル市場の縮小も視野に入れた、次の時代のお金の撒き方、ドル市場のみにたよらない需要創出、利益還流のさせ方を考えるべき時ではないでしょうか?

 同時に国内においても、ひたすら効率を追求していくことで発生してくる、いわゆる勝ち組企業への寡占化、集権化が、国内==特に地方の経済を疲弊させている現状に、もっと疑問の声を上げるべきではないでしょうか。都市部においてもフリーターや中高年労働者といった周縁部が疲弊してきているようです。もはや怒りの声さえあげる気にならないと言ってもいいような状態の方々も身の回りで散見します。
 国内需要が増大して行かない限られたパイの中で、コスト削減の効果的な方法として集約的にモノや情報を管理するようになってきたことの結果でしょう。

 統制経済に戻せとはいいません。ただ、ここ何年かに「構造改革」が推し進められ、投資資金の流れを市場にまかせることで起きたことは、人々の欲望の変化のスピードに翻弄される実経済市場の不安定化です。そんなリスクの高い実経済への投資よりも、手っ取く利益の上がる金融市場へ投資資金が流れていき、それが更に金融市場への資金の吸引力にもなってしまっているという悪循環です。例えばドル国債を購入することで、ドル為替の急激な低下さえなければ年率5%の利子を獲得できるわけです。日本国内の実経済に投資しても、過剰供給気味でデフレ圧力の高い中、しかも「構造改革」の邁進によって環境の急激な変化の可能性が高い中で、企業や投資家たちは配当はおろか資金の回収にさえも不安を覚えてしまうでしょう。はたしてそんなところへ安心して投資をしたいと考えるでしょうか? それこそがケインズのいう「長期期待」の欠如ということでしょう(冒頭に挙げた有効需要の創出のための財政出動政策だけが、ケインズの考えではないということだそうです←後述の佐伯啓思氏による)。
 (話を戻して)企業や投資家のリスク心理を和らげ実経済への投資意欲をるためにも、三角合併の許可などという金融重視の政策などではなく、政府による国内実経済の成長の可能性を感じさせるような方向性の提示(ポスト工業化社会に突入しつつある21世紀の日本人の国民性にあった、しかも循環型社会に適応するような分野への需要の創出や投資に対する減税、インフラの土台作り等)こそが、投資資金を金融市場から国民の生活の場へと流れを変えさせる、政府による有効な手段だと思われますが、如何でしょうか。


「成長経済の終焉 資本主義の限界と『豊かさ』の再定義 佐伯啓思著 ダイヤモンド社刊 P67~69より

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ここで描き出したケインズの見方は、アメリカ経済学の教科書の中で出てくる有効需要の理論とは大きく異なったものだ。上の簡単な説明からしても、ケインズ理論が短期的なものであり、ただ財政政策を唱えたものであるという理解がいかに浅薄なものであるかは明らかだろう。
 ケインズ理論の核心は、短期であるどころか、長期的なものである。長期の経済の動揺がいかに現在の経済を崩壊させてしまうかという点にあった。長期の安定した枠組みが崩れた時、長期の実物経済から短期の金融経済へと投資家の関心が移り変わってしまう。ここにこそ経済停滞の最大の理由がある。経済活動の「長期」と「短期」、そして「実物経済」と「金融経済」のバランスが崩れてしまうのである。ところが、「構造改革」や金融を中心にした市場競争化こそは、このバランスを崩すものだった。

(中略)

 また、ケインズは、無条件に政府の需要管理を唱えたわけではない。もっと重要なことは、市場の長期的な不確実性を減少することで、民間企業のアニマル・スピリット(将来のリスクを引き受けつつ新たな事業計画を立て、技術開発を行い、市場を開拓し、積極果敢に投資を敢行する精神のこと/引用者注)を発揮できる条件を生み出すことであった。同様に、金融への投機が、経済を短期的な視野のもとに置いてしまい、非生産的な方向へ導くことを彼は憂慮した。だから、彼は金融の自由化には慎重だったのである。
 このようにケインズ理論の中心的な論点は、決して、財政政策による短期的な需要創出というものではない。むろん、財政政策による重要管理もケインズ理論の重要な帰結であることは疑いないが、それのみがケインズ理論でもなければ、その核心でもないのである。にもかかわらず、それをマクロ理論の主軸に置いたアメリカン・ケイジアンのケインズ理解はあまりに一面的というほかにない。そして「構造改革」論が攻撃するのは、あくまでこのアメリカン・ケイジアンであって、ここで述べたケインズ理論の核心ではないのである。(太字=当ブログ管理者)


 競争の自由の名のもとに、結局資金力の強い企業による寡占化、中央集権化(=東京一極集中化)へ向かってしまっている現状の行き過ぎた新自由主義的経済運営に、一日も早く終止符が打たれることを切に願っております。
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by darsana-te2ha | 2006-12-01 01:01 | お金、政治


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