2007年 08月 18日
呪術としての音楽、そして言葉。
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 以下、某所で書いたイギリスのレゲエ・ミュージックのアルバム「Reggae Fever (Caught You) 」 by
Steel Pulse
の内容に関する感想を中心に書かせていただきました。

 どうしようもない圧倒的な現実の前に立ち尽くした時、空を見上げ溜め息をつくしかないのでしょうか?

 西欧キリスト教文化圏では、主客二分化した上で、客体としての現実を合理思想と力でねじふせようとし、近現代にそれがある程度成功した、かに見えました。

 がしかし、21世紀になる今、現実からのしっぺ返しを受けつつあり、自らの力を過信することへの懐疑が生まれつつある・のかな?
 そんな自らの力への懐疑を前にしたとき、「神は死んだ」という言葉を残して自らの命を絶つしかないのでしょうか?

 いっぽう、アフロ系の文化は、ヨーロッパ的進歩史観から見ると時代遅れで非科学的であり駆逐されるもの、として片付けられてきたよう、ですけど、

 しかし。

 アフリカの圧倒的な自然の猛威と恵みの中で育まれたであろう共存の思想と呪術のテクニック。

 例えばM1での
♪オレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがってオレの時間を無駄にしやがって♪

 M5の
♪奴らに血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を血を♪

 とか…

 目の前の圧倒的な現実を力でねじふせるのではなく、呪術を用いて自他を納得させるやり方です(ピカソはアフリカ美術からその手法を盗み、愛用したわけだけど…)。

 このアルバムには、そんな実践として呪術が音楽としてつまってます。それは世界が混乱する今、まさに必要にされている新しい「科学」なのかもしれませぬ……


 ということで、欧米合理思想やその一つの究極としてのアメリカという国家、またそれに追随しようとひたすら自らの伝統や価値観を否定する今の日本に対して、懐疑的な立場に自分は立ちます。

 といいつつも近代国家としての日本に住んでいる以上、自らの中にも矛盾はあるんですけどね(苦笑)。

 だいぶ前=湾岸戦争時にジャメイカに旅に行ったときに、現地の若者に、アメリカは人を殺したりネガティブなさせるものを沢山作っているが、日本は写真やクルマといった人々をハッピーにさせたり結び付けるものを作っていて素晴らしい、と言われました。
 でもけっこうストレスの多い社会ですよ、と返したら、それでも世界に貢献できるものを作っているんだから素晴らしいじゃないか、と返されましたけどね。

(下記と同じようなことを実際に耳にしたわけあります)
「気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板」
[599]いよいよ「ドル暴落」が始まるだろう。 投稿者:副島隆彦
より
 日本はアメリカに支配され、国民の金融資産を奪い取られ、いじめられる一方であるが、それでも、世界に対して、地道に、優れた工業製品(民生品、兵器ではない)を作って売ってきた、と言う点で、何も悪いことをしていないし、世界の平和のために尽くしてきた。だから、日本国民は、貧乏に耐えながら、健気(けなげ)に生きてきた、と言えるのだ。こういう国民には、天罰は落ちない。私たちは、頭上で吹き荒れる、世界の嵐を耐え抜くことが出来る。

 かように世界中で見ている人は見ているんですから、アメリカのやり方に追随することが世界に貢献するいいことだ、とマスメディア上で言ってはばからない(おバカな)政治家、御用評論家、御用学者の方々には、もっとアメリカ以外の世界に対して目や耳を見開いて謙虚に接すべき、と考えます。
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by darsana-te2ha | 2007-08-18 16:54 | いろいろ感想文


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