2007年 11月 11日
65年前とその本質が全く変わっていない英米支配層(アングロサクソン+ユダヤ)。-4
 大連立問題とかがあって間が空いてしまいましたが、「65年前とその本質が全く変わっていない英米支配層(アングロサクソン+ユダヤ)。-3」からの続きです。

 最後に、英米アングロサクソンを中心とした欧米の世界観の中心をなす個中心の世界観を生むのに大きな原動力なった、16世紀の宗教改革やプロテスタンティズムについて少し触れてみたいと思います。それまでのような共同体を通じたものではなく、個人と神(GOD)とが直接、関係や契約を結ぼうとしたのがプロテスタンティズムなのだそうです。そのことが、その後の資本主義や産業革命を促すことにになる、個人の物質的欲望の肯定や、個人間で結ばれる契約を重視するという概念を育む原動力になったそうですね。

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「日本人のための宗教原論」 小室直樹著 徳間書店刊より(ルビは省略)
(P324~325より)
 キリスト教は、なぜ近代を作りえたのか。
   (中略)
 決定的に重要なのは予定説である。
 神は絶対である。人間社会の是非、善悪など一切拘泥しない。カルヴァンなどは、人間が神の律すべき社会の法則を考えるだけでも神に対する冒涜とまで主張する。他方、神が許可したのであれば、法律や世の中のしきたりも自由に変更しうる。これが、キリスト教の法に対する考え方である。
 そこへ持ってきて、カルヴァンらに代表されるプロテスタントは、予定説による、世の中には選らばざれる者と選ばれし者がおり、我々だけが神に選ばれた、という確信を持っていた。ゆえに、神の御心に適う法律は作ることができると確信した。そして、神に選ばれた者は正しい法律を作ることができると確信するに至ったのである。そこで、新しい法律がプロテスタントの手により出現することとなった。
 伝統を打ち破ることができないイスラム教では、伝統に反する立法は原理的に不可能であったが、キリスト教では、神が赦したまえば可能であった。これが、キリスト教が近代を作り、イスラム教が作れなかった、根本的理由である。

(P189~196より)
 キリスト教の予定説は、誰が救われ、誰が救われないかが、予め決まっている。それこそ天地創造のときからすでに決まっており、何者も変更しえない。これは絶対である。
 その次の大事なポイントは、救われるかどうかは絶対に人間は知ることができない。

 絶対に決まっていることを、絶対に知りえない、となるとどういうことが起きるのか。自分は救われるのかどうか、選ばれし者に属しているかどうか、それはもうべらぼうな緊張感を生む。それだけの緊張感があると、人間は如何に行動するのか。
  (中略)
 カルヴァンが明らかにした予定説は、人々の心を、いても立ってもいられない極限に追いつめた。救いの確信を得るためには、善行、修行ではなく、神のほうに向けられた張りつめた心を、寝ても覚めても持ち続けなければならなくなった。
 このことによって、人々の行動様式(エトス)が根本的に変わった。経済活動は、利己的動機ではなく、神と隣人とを愛(アガペー)するための方法であると信じられるようになった。この大転換によって、それまでは悪か、せいぜい「かろうじてお目こぼしされてるにすぎない」と看做されてきた経済活動は、善と信じられるととなった。利子と利潤が正当化された。
 この世界史的大事件が、利子と利潤など、決して赦さないカルヴァン派の教義によってなされたのである。

(P326~328より)
 パウロはキリスト教において最重要人物の一人であるが、最大の功績は、人間の内面と外面は全く違うということ、すなわち、内面と外面の二分法を明らかにしたことである。パウロのこの大独創がなければ、キリスト教は世界宗教たりえないどころか、(引用者注/原始キリスト教時代のローマの弾圧により)生き残ることすらできなかったと、マックス・ヴェーバーはいっている。
  (中略)
 キリスト教が資本主義を生み出す原動力になった理由は、まさにこの二分法にある。
 キリスト教では、この二分法によって、信仰と人間の行動を全く別個にしているため、信仰を変えることなく、外面的行動を変えることができた。
 資本主義を成立させるための、法律、規範、人々の行動様式(エトス)は、すべてこの外面的行動だけを規制している。例えば、資本主義国の憲法は「良心の自由」を確実に保証し、国家権力や、それ以外の権力が人間の内面に侵入することを絶対に拒否している。それゆえに、宗教の自由は確保されているのである。

 神(GOD)と人間とは立場やあり方が違いすぎていて、相互の交流は不可能だとしながら、自らが神に選ばれし者である事を、どうやって確認するんでしょうか? 敬虔なプロテスタント系クリスチャン(エバンジェリカル)だというアメリカのブッシュ大統領の言動などを拝見しておりますと、恣意的に確認されたとしか思えないその選民意識と、そこから導き出される利己的な世界観に、強い危機感を抱いてしまうのでありますが…。しかも自らの内面の信仰と、神からの「選び」さえあれば、どんな行動をとっても赦されるともとれる「内面と外面の二重法」も、日本人である我々から見ると『ちょっと問題あり』に見えてしまいます…。
 その自己中心性によって、世界中で物心両面での破壊が進んでいることが明らかな現在、特に欧米支配層(とそれに金魚のフンの如く追随する日本の支配層も含め)の腐敗を一掃するために、今一度、更なる新たな「宗教改革」が必要かもしれませんね。
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by darsana-te2ha | 2007-11-11 17:33 | 日米関係


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