2007年 12月 10日
財務省(大蔵省)がナゼ財政赤字の危機をことさら煽るのか。-1
 先日書いた「米中バブル崩壊目前で、頼みの外需も先細りで、日本は今や不況の入り口にいるってのに、この発言。」の続きになりますが、 財務省が「財政赤字」「財政再建」をなぜ殊更煽り立てるのか、その理由についてです。

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 下記引用するリチャード・クー氏はかつてニューヨーク連銀にも勤務され、最近ではダボス会議にも出席されるという、どちらかというと国際金融資本寄りのスタンスにおられる人物のようにも思われますが、お仕事上、日本企業の現場の第一線に立つ方々と直接お話しされる機会も多いようですし、マクロ的な視点から経済を分析されているというお立場から、橋本内閣の財政改革路線や、小泉竹中コンビによる、平均株価を7000円にまで下げてしまった極端な構造改革路線に対して名指しで厳しく批判をされています(そういえば以前よく出演してたテレ東の経済ニュースでもお顔を拝見しなくなりましたね…)。
 特に下記の「デフレとバランスシート不況の経済学」は、ちょうど小泉改革たけなわの頃に発刊されており(2003年10月)、財政出動を主張イコール守旧派と決め付けられ悪役扱いされていた頃に書かれたものなので、その言葉の端々に危機感が表れていて、今年初頭に発刊された「『陰』と『陽』の経済学」に比べ鬼気迫るものを感じました。

デフレとバランスシート不況の経済学」 リチャード・クー著 楡井浩一訳 徳間書店刊より
(p192~194)
 この日本における財務省の奇妙な地位は、予算査定の際に財務官僚が「ノー」と言う権利を持っていることに由来する。財務官僚は国民に選ばれたわけでもないのに、民主主義的な選挙で選ばれた政治家の意向を意のままに覆すことができるのである。予算を握っているのは彼らなので、総理大臣を含め誰もが、何かをしようとすれば財務省に取り入らなくてはならないのだ。
‥(中略)‥
 こうした(引用者注/一九九〇年代の不祥事続きの)状況から、大蔵省は一九九八年に大きく分割されることになった。日銀を大蔵省の影響から外して完全に独立させ、銀行監督担当者を集めて別個の機関をつくり、金融監督庁(現金融庁)としたのである。これで大蔵省の影響力は地に落ちてしまった。

 日本経済の強さの重要な要素であった護送船団方式を解体する為に、その本丸である大蔵省を弱体化するためのアメリカの謀略によって、マスメディア上で大蔵官僚のスキャンダルがことさら大きく取り上げられてしまったというウラもあるそうですけどね。でも橋本内閣時の一九九七年に消費税率を強引に上げてしまい、実体経済のカネまわりが悪くなってしまったことで、その後のGDPが3期連続マイナス成長になってしまい、かえって財政赤字が増えてしまったことは、大蔵省の責任が大きかったと思いますが…。
(p194)
 当然、当時の大蔵官僚は省の影響力を立て直す方法について考えなければならなかった。ここで、彼らは基本に立ち戻った。つまり、また予算査定の際に「ノー」と言える権利を行使し始めたのである。結局のところ大蔵省は、この権力がなければ誰も注目しないアメリカの財務省と同じことになってしまう。しかし、威光を失ったというイメージがあるので、「ノー」と言うには正当性が必要だった。そして、大きな財政赤字の存在ほど、この目的にぴったり沿うことはなかった。
 この戦略に実効性を持たせるためには、財政赤字を疑いなく悪いものに仕立て上げなくてはならない。財政赤字がバランスシート不況に有効なものとして肯定的に見られると、大蔵官僚は「ノー」を正当化することができないからだ。そして「ノー」が言えなければ、誰も彼らに敬意を払ってくれないのである。


 以下「財務省(大蔵省)がナゼ財政赤字の危機をことさら煽るのか。-2」に続けます。

(太字は全て引用者)

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by darsana-te2ha | 2007-12-10 12:42 | お金、政治


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