2007年 12月 10日
財務省(大蔵省)がナゼ財政赤字の危機をことさら煽るのか。-2
 「財務省(大蔵省)がナゼ財政赤字の危機をことさら煽るのか。-1」からの続きです。

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 文中の「バランスシート不況」というのは、何十年に一度かある大きなバブル崩壊によって、企業の含み資産(株や土地などの評価額)が大きく下がって、本業の利益を相殺してしまうことで、企業は本来の目的である「利益の最大化」より「債務の最小化」に軸足を移さざるを得なくなることで、リストラや賃金カットなどのコスト削減に走るようになります。多くの企業がそのような行動を同時に行うと、「合成の誤謬」によって国内経済全体が縮小均衡に向かってしまうことを言うそうです。
 また勤労者も将来に不安を感じ消費を差し控え貯蓄を行うことと、銀行に預けられたお金の運用先であるはずの企業が債務縮小のために銀行からお金を借りなくなることで、銀行の中にお金が滞留してしまい、滞留分だけGDPが縮小均衡に向かうデフレスパイラルに入ってしまうそうです(史上初という低金利にもかかわらず国内のマネーサプライが伸びないのは、企業による資金需要が無いことの表れだそうです)。
 それを解決するには、マネタリストの言う金融手法よりも、債務返済に追われる企業に変わって政府が銀行からお金を借りて(=銀行に滞留したおカネの運用先として国債を買ってもらって)、公共事業を行うことで銀行に滞留したお金を実体経済に還流させ、経済全体のパイの大きさをキープさせ、企業が債務を返済させやすい環境を整えてあげることが、経済の縮小均衡に向けたデフレスパイラルという何十年に一度あるかないかのの特殊な状況を止める有効な方法である、というのがマクロ的視点から見たクー氏のお考えです。バブル崩壊以降の日本の「失われた10年」というのは、何十年に一度あるか無いかのバランスシート不況だったそうです(余談ですがアメリカの1930年の恐慌もバブル崩壊によるバランスシート不況だったそうです。サブプライム問題で1930年以来のバランスシート不況がアメリカで起こる可能性が高いようですけどね。トップにいるのがマネタリスト系バーナンキ議長のFRBや、連邦政府は今後どう対処していくのでしょうか?)。

デフレとバランスシート不況の経済学」 リチャード・クー著 楡井浩一訳 徳間書店刊より
(p194~196)
 そういう事情から、彼らは日本がバランスシート不況にあることを認めにくい立場にある。認めてしまうと、赤字(=財政出動/引用者注)への肯定的な評価を許してしまうことになるからだ。このため、歴然とした正反対があるのにもかかわらず、日本の病は構造問題であるという主張を続けているのである。結果として、大部分の企業がゼロ金利でも借金返済に回り、経済の血液が完全に逆流しているという事実がありながら、バランスシート問題が不況の主因であると公式に説明されたことは一度もない。
 また、彼らには人々が「ノー」を無効にしないよう、今日の赤字は明日の恐ろしい増税になると喧伝する必要があった。この洗脳努力はおおむね成功したと言うべきだろう。均衡財政の必要を訴えた大規模な宣伝活動の結果、マスコミも政治家も財政出動を肯定的に考えることが非常に難しくなってしまった。その結果、バランスシート不況に最もよく効く薬が日本から奪われてしまった。
 財務省は権力の維持に成功し、総理大臣を含む政治家たちはまた財務官僚にへつらい始めた。しかしその過程で財務省は、ずっと以前に日本をバランスシート不況から救い出せたかもしれない二度の良循環(一九九六年と二〇〇〇年/引用者注)を潰してしまったのである。彼らの「ノー」は日本国民の苦難だけでなく、財政赤字も増大させることになった。それは一九九七年の大失敗にあまりにもはっきりと表れている。
 言い換えれば、彼らの「ノー」は民間が投資意欲にあふれていた一九五〇年代から一九八〇年代までは、クラウディング・アウトを防ぐという意味で有益であった。しかし、一九九〇年代、日本がバランスシート不況に入ってからは、財政赤字削減に血道をあげる全能の財務省の存在が、日本の経済再生に対する最も巨大な障害となっているのである。
 財務省の粘り強い宣伝・洗脳工作のおかげで、「財政赤字は増税の先送りにほかならない」という考えが日本の財政政策論議にしっかりと根づいてしまった。しかし、増税は歳出カットや借り替えなど、国債を償還する選択肢のなかの一つでしかない。しかも多くの場合、増税は最悪の選択肢である。

 上記のクー氏の見解が事実であるとするならば、先の大戦中の海軍省と陸軍省が、戦争の勝利よりお互いの省の主導権争いをやってドツボにはまっていったことを彷彿とさせられてしまいますけどね(苦笑)。今や日本経済の弱体化に邁進する財務省は、アメリカにとっては実に思惑通りにというかそれ以上に動いてくれた存在ってことになるのでしょうか。それは外務省も然りという気がしますけど…(ーー;)。

 
 個人的には財政出動の中身については、精査されるべきだとは思いますけどね。将来にわたって国民の役に立つ、可能な限り持続可能社会に近づけるための社会インフラの整備に使われるべきだと思いますけどね。まあ、そのへんはクー氏のようなエコノミストではなく別の方が考えるべき範疇のことなのかもしれませんが…。

 しかし、消費税増税論議もいいですが、上記にあるように97年の消費税率上げとその後のGDPマイナス成長による税収減なんてことが無いように、経済をマクロで俯瞰した上で税制についてしっかり議論していただきたいと思います。
 マクロ経済を無視してかえって財政赤字を増やしてしまったという失敗に対して財務省は反省や謝罪もしていません。にもかかわらず再び消費税率アップという、貧困化し可処分所得が既にわずかな人々も含めた国民全般に増税を求めるというのは、あまりに安易かつ無知無能で失礼じゃありませんかね? 財界と政治家と“アメリカ様”さえ納得してくれりゃオーケーなんでしょうか?

(太字は全て引用者)

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by darsana-te2ha | 2007-12-10 12:45 | お金、政治


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