2007年 12月 24日
イギリスとアイルランド。ワタクシ個人の日々の心の糧=音楽をネタに。-2
「イギリスとアイルランド。ワタクシ個人の日々の心の糧=音楽をネタに。-1」からの続きです。)

PIL_flowers_of_romance_.jpg

 と、前回書いたようなことをPILの“flowers of romance”(写真)を聴いていたら色々考えてしまいました。この”flowers of romance”という1981年のアルバムとアラブ音楽との類似性をネット上の何箇所かで書かれていますが、当時インタビューでバンドのリーダーだったジョン・ライドンが、自分たちのルーツであるイギリスの中世以前の音楽を研究してたらこんな音になった、みたいなこと言ってたんですよね…。ケルトってことなのかな?

「ロッキング・オン」 1982年3月号 ジョン・ライドンのインタビューから
《フラワーズ・オブ・ロマンス》は、民族的とか原始的とか言われたが、あれは、ぼくとしては、イギリスの伝統音楽、イギリスの民謡、8世紀からルネッサンスにかけてのイギリスの教会音楽を扱ったつもりなのだ。だから、あれは、イギリスの伝統文化なのだ。それを、だれも認めようとしない。イギリスでは、大邸宅もクラシック音楽も、伝統文化ではない――輸入品さ。

 因みにライドンはアイルランドからの移民の家族だそうです。父方祖父が貧しさから職を求めイギリスに渡ってきたとか。母方もアイルランドからの移民だそうで、アイルランド独立軍兵の血を惹いてるとか。そのためかライドン家ではカトリックだそうです(←アイルランドではプロテスタント系国教会のイギリスと違ってカトリックが盛んだそうです)。

 以下、前回引用したサイトから別の箇所の引用です。

『ユリシーズ』と「アイルランド問題」(2)* ――マシュー・アーノルドの影の下に――
Ulysses and the Irish Question ――Under the Shadow of Matthew Arnold
伊藤徳一郎 ITO Tokuichiro
より
一八六五年,ジャマイカのイギリス総督E.J.エアは,数人の白人殺害に対する報復として,多数の黒人虐殺を命じた。このニュ-スは多くのイギリス人にとって,植民地生活の不正と恐怖を暴くものとして受けとめられた。その後,多くの著名人が,エアの戒厳令宣言とジャマイカ黒人の大量虐殺を支持する側(ラスキン,カーライル,アーノルド)と,それを非難する側(ミル,バクスレー,コックバーン首席判事)に分かれ,論争をくりひろげた。けれども,やがて,論争は忘れ去られ,帝国内では,またべつの「行政的虐殺」が生じた。にもかかわらず,ある歴史家の言葉を引用すれば,「イギリスは躍起になって,国内での自由と海外の帝国での権威[この歴史家はこの権威を「抑圧と恐怖」の権威と記述している]との区分を維持しようとしたのだ。
マシュー・アーノルドの悩める詩人を全面にだした詩を読む現代の読者,あるいはアーノルドの名高い文化称賛理論を読む現代の読者のほとんどが知らないのは,アーノルドが,エア総督の命じた「行政的虐殺」と,エール[アイルランド]植民地におけるイギリス側の強行姿勢とをむすびつけ,どちらの政治姿勢も高く評価していたことだ。アーノルドの主著『教養と無秩序』は,一八六七年のハイド・パーク暴動の渦中で書かれている。したがってアーノルドが文化教養について述べていることは,文化教養を抑止力として使うことだと,当時は信じられていた。それが抑止力として対処すべき猛威をふるう無秩序とは,植民地とアイルランドと国内にいる,ジャマイカ人,アイルランド人,そして女性たちであった。たとえ「場違いな」と非難されても,こうした虐殺事件を引きあいにだそうとした歴史家たちはいた。しかし,ほとんどの英米のアーノルド読者たちは忘却をきめこんでいて,こうした事件を,アーノルドがあらゆる時代にふさわしいものとして奨励しようとしていたもっと重要な文化理論にとっては,不適切なものとみなした――かりにも,そうした読者がみなすことがあればの話だが――のである。大橋洋一訳

 近代イギリス人の国の内側と外側へとの意識の落差、国内では耽美詩人とされる詩人が、国外の他民族に対しては暴力による支配も正統であるという、いわば古代ギリシャやローマでの都市国家内の市民間の平等と、そうでない外部の人間や奴隷の対する強い差別意識とも共通するものかもしれませんね。
 アングロサクソンの持つ功利主義・経験主義から来る、他者への支配の正当化と、ある種の無神経さの一つの現れなのでしょう。

 そして我々世代は、若い時にパンクやレゲエといった、上記で「無秩序」な文化とされたアイルランドやジャマイカ出自の音楽やメッセージを直接浴びたわけなんです。今から思うとそれらの当時のカウンターカルチャアメディアが、国内にいる抑圧された者達による内側からのイギリスに対する攻撃という文化的な「トロイの木馬」だったのかもしれませんね。特にジョン・ライドンは明らかに確信犯としてそれをやっていたように思いますけど。
 今読んでる「日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く」には、建国当時のアメリカには、上記のようなイギリスの植民地支配への利己的な態度に対する嫌悪と糾弾があったにもかかわらず、次第にそれが失われイギリスと同じような白人至上の植民地主義を公然と行う国に堕していってしまった、という大川周明氏の分析がありましたね。それってイギリスに本拠を置いていた国際金融資本がアメリカに移転していったのと並行しているのかもしれませんね(1913年にアメリカの通貨発行権を国家から民間銀行であるFRBに移管したこともその一例かも)。
 そして今やアメリカが、かつてのローマ帝国に並ぶ世界帝国を築き上げ、世界で「デモクラシー」や「グローバルスタンダード」を押し付ける、建国当時の理想を完璧に忘却した、アメリカ建国当時の大英帝国並みに手前勝手で利己的な帝国になり下がってしまってるんですよね。
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by darsana-te2ha | 2007-12-24 00:26 | いろいろ感想文


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