2008年 02月 01日
私たち人類はどこに向かおうとしているのでしょうか?-3
 「私たち人類はどこに向かおうとしているのでしょうか?-2」からの続きです(今回は、今年のお正月からたまに書いている、金融や政治とは別の内容のものです。と言いつつ、全く関係無いわけでは無いのですが。今回のような内容は、政治や経済に興味を持つ前の若い頃からの、自分の強い興味対象だったのですが…)。

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 前回の補足的な内容になりますが…。
 下記引用の押田氏によれば、自己認識の中心点を、自我の外側(=宇宙の『意』・法則から遠いところ)から、行(ぎょう)を通じて内側(=宇宙の『意』・法則に近いところ)へ移動させていくことで、人の意識は真実・真理へより近づくことができるとされてます。表現方法が違いますが、前回ご紹介した島田明徳氏と同じことを述べてらっしゃるのではないでしょうか(前回ご紹介した島田師による「私たちの身体で言えば、細胞の活動や、内臓の働きといったもの」というのが押田氏のおっしゃる「内側」にあたるとこなんだろうと思います。下記引用の図の上部にあたる部分ですね)。
 そういう観点から押田師は現代社会に対して、一貫して鋭い批判をされております。実際、都会から離れた八ヶ岳山麓に庵を構え自給自足の生活を貫き通されておりました。私のような都会生活に慣れきった軟弱者には決して真似できないことなのですが(汗)、師の現代社会に対する警告には傾聴すべきことが多く含まれてるやに思われます(以前当ブログでも取り上げさせていただきました)。

平和への道
高森草庵 押田 成人(ドミニコ会修道司祭 1922-2003)
「今大事なのは、当たり前の人間になること」
より引用
いいか。人間にはいろんな層があるんだ。植物の層もあるし、自律神経ってのがあってそれで自分をコントロールしている。表面の意識、中心てのがあるんだ。その下はまあいわゆる意識の層だ。人間の層だなあ。アダムとエバのリンゴの園。善とか悪とかを決めるところだ。ここにはある中心がある。で、これが人間だと思ってるね、現代の人間は。
a0054997_0334487.gif いいか。うんこをしたくない時だ。よし、うんこをしようって便所へ行ってみろ。いつまでたってもうんこ出ねえよ。うんこしたいって思った時に便所へ行ってうんこすんの。お産だってそうだ。もう子供を生みたいからって言ったって、子供産めやしないよ。産気ってのがあんの。毎日の便所も、産気があんの。そこには表面層の中心があるんだ。自律神経ってのがあるんだ。それを感じたときに便所に行った方がいいっていう判断をするのは意識の層だなあ。
 だけど、ここ(意識の層)ですべてを分かろうとしたって、幻想だけだ。そうじゃない。人間はもっと深くに中心があるんだ。こっちに中心が行くほど単純な人間になる。そして知恵の光というものを受けるようになる。そのとき初めて常識的な判断ができるようになるわけだ。ところが今の教育は意識の層にかたまることばかりやってんだよ。深い中心に行くことを教えてないんだよ。だから人間がみんなロボットになっていくんだ。

  このごろの青年は来てもね、これやれって言えばやるけれども、困難を見つけて自分で工夫することを全然できない。全部ロボット化している。だから学校を閉鎖しろといってるんだ、俺は。みんなだめになっちゃう、こんな教育をやってたら。深みに行くのを<ぎょう>って言うの。<ぎょう>っていうのは行くって書くんだよ。どこの宗教にも<ぎょう>ってのがあるんだ。仏教だけじゃない。キリスト教でも、神道でもみんな<ぎょう>ってのがある。座禅とか、おみしらべの行とか。どの宗教でもそういうのがあるわけ、いいかね。そして今の悪は何をたくらんでるかというと、意識層と表面層でコントロールしようとしているわけ。深みに行かれたら困るから、全部ここでコントロールしようとする。原子兵器を発見したのもここだよ。全部分かろうとするうちに幻想が入って、ああ、すげえエネルギーが出るかもしれないって試してみたら原子爆弾ができちゃったんだなあ。だけどそれは真理でも何でもない。自分の悪魔的野心によって出会った悪魔的現象なの。
 今大事なのは何か。当たり前の人間になること。これがなければ平和の原点なんかないんだぞ。平和をいくらここで議論したって平和なんか来ないんだよ。なんかこの世のなかおかしいいってのを感じるのは、深みに中心があって単純な存在のときにおかしいって感じるんだ。そういう人間になること。学校を閉鎖して、そういう行をすること。そうしなきゃ日本も世界も救えないんだ。似而非西洋文明は今悪魔的な末期に向かっている。それに一緒に乗る必要はない。

 上記にあるように、「今の悪は何をたくらんでるかというと、意識層と表面層でコントロールしようとしているわけ。深みに行かれたら困るから、全部ここでコントロールしようとする。」ということが、まさしく私たちの現下の状況なんだろう思います(「深み」とはすなわち「宇宙の『意』・法則」ということでしょう)。
 所謂「秘密結社」や「爬虫類人」と言った「悪」の問題は、実は我々の意識のあり方と密接不可分なものであり、私たちが表面的な自我にとどまったままでいることが招いた一つの現実なんだと思います。
 我々の姿のメタファーでもあり現実でもあるのが「秘密結社」や「爬虫類人」といった「悪」の存在・イメージなのでしょう。
 それらは私たちの一人一人の意識の中に住まうものであるということでありますし、それらを退治するには、「敵」もしくは「悪」として私たちとは別個の存在として攻撃することではなく、私たちの一人一人の意識のあり方を、「深み」へ向けていくことが最も効果的な方法なんだろうと思います。そして「深み(=宇宙の『意』・法則)」というのは、どこかかなたにあるものでは無く、私たちの呼吸や心臓の鼓動といったものに強くリンクしているものなのでしょう。

 今の社会を動かす政治や経済が、教科書で習ったようなものではなく、ウラがあるということに多くの人々が気付くべきだと思います。しかしそういったウラで世界を動かしている「悪」や敵対者が、我々の意識を映した鏡であることも理解しておかないと、たとえ彼らをやっつけたとしても、そのような「悪」は地球上のどこかで形を変えて、我々の前に再び姿を現すのではないでしょうか。


 引き続き「私たち人類はどこに向かおうとしているのでしょうか?-4」(執筆準備中)で、欧米人(現代の日本人も含まれますかね)の信じる善悪二元論の限界と問題点について、ベトナム出身の禅僧であられるティク・ナット・ハン師の著作を参考にさせていただきながら書いて行きたいと思います。
(太字は全て=引用者)

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by darsana-te2ha | 2008-02-01 00:53 | 目に見えないコト


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