2008年 01月 26日
私たち人類はどこに向かおうとしているのでしょうか?-1
 金融がらみの問題等について書き込みしちゃってたもんで、インターバルが長くなってしまいましたが、新年早々に書かせていただいた「2008年年頭に考える。これからの世界や人類の変化の方向性について。」からの続きです。

 先日引用した「人間という立場の重視、ヒューマニズムですよね。これは宇宙においては錯覚ではなかったか、という考えが出てくると思うんです。人間がもつ自然物という原則から逸脱しがちになりますよね。ひとり合点になる。」 ということについて別の角度から、やはりヒトという種がナゼ地球上に現れたかの解釈と合わせて書かれているものを引用・ご紹介します(ワタクシ如き、知性低き煩悩の塊たる凡夫には、手に負えかねる問題ではあるのですけど、理解の出来る範囲で考えてまいりたいと思います)。

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 既にご存知の方もいっらしゃるかもしれませんが、島田明徳師という武道と氣による鍛錬を行ってらっしゃる方の著作からです。私個人的には非常に納得できる内容となっております。アプローチの仕方は異なりますが、先に引用させていただいた山手氏とも共通する事柄をご説明されているのではないでしょうか。

『「悟り」の意味』 島田 明徳著 地湧社刊より(引用がちょっと長くなりますが…)
(p70~73より)
 犬や猫、猿といった動物は人間のような意識をもっていません。俗に言う、本能の働き(法則的な働き)で活動しているわけです。とりあえずここでは、本能と呼ぶものが、すべての法則の「因」として働く宇宙の『意』だと思ってください。私たちの身体で言えば、細胞の活動や、内臓の働きといったものがこの本能の働きと言えるわけです。
 この本能によって行動しているうちは、宇宙のことは理解できません。なぜなら、本能による行動とは法則的であり、宇宙の『意』に同調して行動しているといえる状態ですから、宇宙の『意』を認識するのに必要な、宇宙の『意』と相対する状態とはいえません。その状態であり続けるかぎり、宇宙の『意』を認識することはできません(←引用者注:人間と言う意識体が誕生する前の地球の状態のことですね)
 とすると、宇宙の『意』を認識するためには(相対する状態をつくるためには)、どうしてもその宇宙の『意』から離れる必要があります。つまり、法則的な本能に従って行動している状態から、自分の意志によって行動をできる状態にならなくては、宇宙の『意』を認識することはできないのです。法則とは、ある特定の拘束された状態ということですから、それに相対する状態とは、拘束されていない状態つまり、自由な状態ということです。ゆえに、宇宙の『意』を認識するには、人間のような自由意志をもつ意識が必要なのです。これが、人間に自由選択権が与えられている理由です。

 もちろん、自由意志をもってると言っても、勝手気ままに行動してよいということではありません。あくまでもこの自由は、宇宙自身を認識するために必要なものであって、その「目的」を無視した行動は、それなりの結果が生じてくるようにできています。自分勝手な行動をしていれば、病気やその他、生活をしていく上で苦しい状況が自然に生じるようになっているのです。自分の意識の源である宇宙の『意』こそが、本来の自己そのものなのであって、そこから離れた(それを知らない)状態というのは、偽りの自己(見かけの自己、本当の自分の一部分)なのです(引用者注:古来インドではそれを「マーヤ(幻覚)」と呼びました)。
 偽りの自己の状態を続けていても、自分本来の能力が十分に発揮できるはずがありませんね。自分にとって都合の悪いことが生じてくるのは当然です。
 このように、自由に選択できる意識をもたされた人間であっても、宇宙の『意』から離れた状態を続けていくことはできません。軌道修正をせざるをえなくなるのです。これもまた、宇宙の『意』による法則の働きなのです。
 矛盾してるようですが、宇宙の法則は一つではありません。一つの法則から離れても、別の法則によって何らかの拘束は受けているのです。たとえば、人間の場合、自由に選択できる意識を与えられていても、身体の働きは宇宙の『意』に従うよう、法則による拘束を受けています。
 このように宇宙の法則は、物理的なものから精神的なもの、また、さまざまな意識のレベルに応じていくつもの法則がからみあって機能しています。そして、宇宙の『意』とは、これらにさまざまに働く法則の源(「因」)なのです。
 まことに複雑ですが、人間の意識の源である宇宙の『意』を認識するためには、一時、宇宙の『意』から離れた状態(宇宙の『意』を感じられないような状態)が必要だけれども、しかし離れたままではいられないのです。なぜなら宇宙の『意』を離れた状態から宇宙の『意』を実感し、認識するのもまた宇宙の『意』による働き(法則)だからです。
 人間に与えられた意識は、さまざまな進化を経て、動物レベルの意識から自分の意志を自由に働かせることのできるレベルまでに高まってきました。それは、宇宙が自らを認識するために進化させてきたのです。ゆえに、その進化を経て、宇宙の存在(自分の源=『魂』)を認識できるだけの意識をもった人間は、いつの時代においても「自分とは何か?」「自分はどこから来て、どこに行こうとしているのか?」という根源的な問いかけを、自分に向けざるをえないのです。そしてその答えは、「自己と宇宙が一体である(万物が平等である)」ことを実感すること、つまり「悟る」ことで得られるのです。


 以下「私たち人類はどこに向かおうとしているのでしょうか?-2」に続けます。
(太字は全て=引用者)

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by darsana-te2ha | 2008-01-26 19:17 | 目に見えないコト


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