2008年 03月 15日
これからやってくるであろう世界の不況と、日本や世界の次へのステップについて考察してみる。
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 昨日書いた、これから現れてくるアメリカ発の世界規模の不況について、きょうアップされた下記メルマガにも記述がありました。

ロシア政治経済ジャーナル No.507 2008/3/14号★日本経済のゆくえ

 上記のメルマガによれば、アメリカという、世界中から借金しまくってモノを買い続ける巨大なマーケット(需要)が縮小することによって、2015年頃まで世界的な不況は続くようです。日本は例によって景気刺激策が後手後手に回るようですね(今の福田首相の発言を聞いてると、さもありなんな話ですがw)。最悪のシナリオは不況時の消費税の引き上げだそうです。明らかにアタマはいいけど知恵が無いとしか思えない今の財務省のやってることを見てると、愚かな逆噴射増税をやっちゃいそうですね(苦笑)。97年の橋本内閣時に消費税率を3%から5%に上げたことで、GDPがガクッと落ちちゃった時のことも、『喉もと過ぎれば熱さ忘れ』で、記憶がすっ飛んでしまってるようです。

 財務省が近年中に強行しそうな庶民増税の愚はさておき、アメリカの衰退というのは、世界が次のステップへ移行するための大きなチャンスなのですから、これを生かさない手は無いでしょう。
 ここでも時々触れてきましたが、近代以降(欧米だとここ数百年、日本だと明治維新以降)の世界や国家・経済のあり方を改めないといけない時期にさしかかってるんだと思います。

新井信介のホームページ「京の風」: ドル安、どこまで。本来の改革を。より
<物を作って、輸出して、マネーを稼ぐ。>
 ・・・ それが、成功のパターン。

 日本の政財界の人間は、皆、こう信じてきましたが、それは違います。
 
 それは、明治維新以後の物的には、未熟な社会環境から抜け出す、
 一時的な方便でした。


 物つくりは、必要ですが、問われるべきは、「何のために、つくったのか」です。
 そして、作っているときの人間のあり方が、「どうであったのか」です。

効率を追い求め、日本中すべてを工場のようにして、その中にいる人間から、
本来の人間としての豊かな感情や創造性を奪い、 そして、何より、
自分が暮らす地域空間を、素敵に作り直す意志を、失わせていたのです。

明治以来の、文明化=工業化の<<破綻>>です。
それも、人類史的規模の変革の流れの中でのことです。


4年半前、 本欄をスタートするとき、

 21世紀は、<文明>から<文化>に転換する。 
  
 東京の論理(国家主導・財界主導の効率主義)から、
 京都の論理(個人の心に満足を与える、空間溶け込み)へ、 と訴えました。

しかし、この4年間、実際は、
この東京の論理は、アメリカ経済を救済する機能を以って、中国を巻き込んで、
より強固に拡大し、それが、日本の輸出マシーンドライブとなり、日本社会の、
健全な変革を、 後退させました。

歪んだ、不完全な変革は、 「格差問題」を、引き起こしました。

これは、輸出マシーンが、日本の地方を捨てて、海外に出て行ったものです

では、その地方をどうするか?

そのとき、ずっと、「内需主導型」と言葉では言われてきたのですが、
この内需は、 「官需」ではありません。

文化的なこだわり、内面の価値を体現できる人たちによる、空間創造なのです。

「輸出マシーン」や、「官需」にいる人間には、それはできません。
戦後の日本の国土が、如何に、醜くなったか、その剥き出しの姿は、
今の、中国の都市と農村に、さらに、よく現れています。

 今こそ、列島内に生きる人間が、 海外の経済指標に左右されずに、
幸福に生きれるパターンを、復活することです。

 江戸時代の生活パターンに、戻りましょう。

もちろん、エネルギーや、情報処理、住居、移動手段などは、 これまでの
文明の成果をいかしながら。

 それには、まず、幸福の基礎となる価値観として、
自分のお気に入りの時間・空間をもつこと、
それも、無理なく、連続性・持続性をもって実現できること を求めましょう。

 そのための出発点は、食料(もちろん、水を含む)と エネルギー(家庭用電気)を
家族・町内・地域で、自給できる体制を、政策的に作ることです。


 ここから、新時代が始まります。 それ以外には、ありません。

 上記まったくおっしゃるとおり、という内容でした。
 ところで、特に左翼系の方に多いように思うのですが、抽象的な「市民」っていう考え方をベースに世界を見ていく(変えていく)ってやり方。「市民」や「消費者」って「抽象化一般化」という正に近代そのものの概念ではないでしょうか(誤解いただきたくないのは、自分は右系というより、元来'60~’70年代ロックにのめり込んだリベラル系出身者デス)。もっと個別性・具体性に目を向けましょう。日本には維新前に自給自足社会が具体的にありました。抽象的なイメージではなく、そのような具体性から出発すべきでは。
 改める点は改めつつ具体性から出発する、それこそが近代を超えるために必要な視点だと思います(「近代の超克」なんていうと、「戦前的」「好戦的」だといってその内容や意味を考える前にアレルギーを起こす方々が、特に団塊世代左翼系の方々[←とそれこそ一般化・いっしょくたにしちゃってますが…汗]に多いように見受けられるんですが[ネット上で複数の方々から実際にそういうことを書かれたことがありました]、教育やマスメディアによる影響〔洗脳〕によって偏った見方に陥っていませんか、と思うのは私だけでしょうか?)。

(太字は全て引用者)

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by darsana-te2ha | 2008-03-15 00:59 | 世界情勢


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