2008年 06月 29日
新自由主義者の本質。お金という繭に包まれていたい一種の自閉症でしょう。
 某所での、自称新自由主義者さんのご意見を傾聴してて感じたことですが…。
 かねてから、フリードマンはじめ内外の政・官・財・学・マスコミの新自由主義「信者」に対しての私の感じていたことを思い起こさせられました。

 お金という慣れしたんだ呪物のみを愛で、他者との直接的な接点を持とうとしない人の思想が、新自由主義ではないかと。

 使い方によっては他者に対して高圧的なものとなる、お金という呪物の繭にくるまれ、他者との本質的なコミュニケーションを拒絶する、という一種の自閉症。もしくは悪い面での“ユダヤ”症というか。差異や他者に対する鈍さ、でしょうかね
 多国間に離散したユダヤ人たちは、生産の基盤を持たず、それぞれの地域にいる他民族の人々からのオコボレに預かるしか生存の道が無かったし、そのためにはそれぞれの地域で得たオコボレというか富を測る共通の物差しが必要不可欠だったわけで…。そんな物差しとしての用途と、他者からの効率的な富の収奪の方法としての金融こそ彼らのサバイバルのツールだったんですよね。今や国際金融資本やグローバル企業が、国境を越えた物差し兼富の収奪の手段として利用しているのが、そんなユダヤの知恵なのでしょうけど…。

 他文化や他者の持つ差異に対する鈍さ、ですよね。なんでもかんでもお金という物差しで計量することが正義だと勘違いしている。お金は数ある物差しの一つでしかないのにもかかわらず、です。ここんとこの日米での勇ましい方々の声を聞いてるとまさしく当てはまってしまいますがw。

 また、内外の新自由主義者たちが、上記のことがらに対し自覚無く並び立てている御託宣のむなしさに、哀れみを感じるのは私だけでしょか?
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by darsana-te2ha | 2008-06-29 18:59 | いろいろ感想文


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