2008年 10月 11日
高度で複雑なテクニックを駆使して究極までいくと、その物事は崩壊するってことなのでしょう。
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「万民豊楽」「世界平和」ってこれからの日本が目指すべき理想・目標でしょう。高尾山薬王院にて。


 アメリカの金融の崩壊を見てて感じるのは、タイトルにあるように、高度で複雑なテクニックを使って究極までいくとその物事は崩壊するってことです。それが物事というか宇宙で起きる事(こと)の本質的な法則なんだろうと思います。

 昨日今日と東京の株も爆下げしましたが、ロイターの記事によれば信用買い、すなわち一種のレバレッジをかけて株投資をしてた投資家が、この株の下げで追加の担保(追い証)を証券会社から請求されたために、売りが売りを呼んでしまったのも大きな原因らしいですね。

株価急落で追い証の嵐、ファンド価格半値で顧客対応に忙殺| Reuters 2008年 10月 9日 20:43 JSTより
8日の日経平均が史上3番目の下落率を記録したことを受けて、国内の証券会社でも朝方から信用取引の追い証発生に絡む業務に追われた。「業界全体で数百件の追い証が発生したが、担保を提出できず処分売りを迫られる投資家も少なくない」(準大手証券エクイティ部)とみられている。

 追い証が発生したにもかかわらず、追加担保の差し入れがない場合、当日午後に強制的かつ機械的に保有銘柄が売られてしまう。きょうの後場に株価が伸び悩んだのは、追い証発生に伴う需給要因が影響したとの観測も出ている。


 東京でも実際の売り買いのバランスだけというより、高度化した金融のテクニックの自家中毒が、株下げの大きな原因の一つになってるってことなんでしょうか。株のみならず、ここのとこ投機資金が向かっていたという資源も下げてますしね。

 金融に於いてテクニックを駆使して人を騙して不労所得を得る、みたいなことはいずれバブルを誘発し今回のような暴落を招いてしまうのでしょうから、お金のあるところからそれを必要としてるところへお金を融通をするという、本来のシンプルな目的に金融も立ち戻るべき時なのでしょう。
 またその必要性に多くの人たちが今回の混乱で気付くようになってきたのだろうと思います。


 そんなこんなで以前引用した下記を再引用します。
 21世紀は、物事のシンプルな本質に立ち戻る時代になる、という予想というか予言です。
 17~8年前の冷戦終了後、もっとシンプルで平和な世界がやってくるかも、って個人的にはちょっと期待してたら、世界は全く逆の脅しと騙しを利用してごく一部の連中が、多くの人々を牛耳るという殺伐としたものになってしまいました。
 今度こそあるべき世界━━万民豊楽で平和な世界に向かって、この地球の方向性を変えていくべきだろうと思います(石原莞爾氏の言う「人類後史」の時代へ向けて本格的に舵を切るということでしょうか)。
 日本や世界の権力中枢に居るエゴイスティックで悪魔的な連中にこれ以上騙されてはいけません。私たち一人一人が目を覚まし、しっかり戦況を見つめ闘っていかないといけない時なんだろうと思います。(比喩と願望交じりではありますが…)

創業夢宿「創業夢宿ライブ『第2章 考えて“考え”を消去する』」より。

今、さまざまに迷ってるでしょう。政治の世界でも、中東で典型的に現われているように、政治的なかけひきも、もうどうしようもない。政治的なテクニックが通用するかと思ってやってみると、通用しない世界もあると。それからもちろん、それ以前の武力、軍事力も通用しない世界があることがわかった……核の世界。究極化してくる。究極の世界にいくと、科学が究極の本体論に突入しようとすると崩壊するのと同じように、軍事力も究極にいくとそれ自体の働きは崩壊するんです。政治力も究極にいくと崩壊する。もともとかけひきにならないんですよ。今の状況を見てても、経済力も究極にいくと崩壊するはずです。お金もね。誰かお金を儲けてみればわかるんですよ。どんどん儲けて、仮に何兆円、何十兆円、何十兆円のまた何兆倍儲かったら、ついには意味をなくす。いくら儲けてもある地点までいったら、もうそれ自体は資本力としても、購買力としても使えない。儲けるということは、この地球上のお金の量は有限だから、貧乏な人が増える。儲ける人が儲ければ儲けるほど、市場の購買力は下がるはずです。買う力のない人が増える。だから、お金を儲けるということは、それ自体が究極のお金儲けになった時には、効果が消えてしまう。究極の軍事力は使い物にならなくなるのと同じように。これから出てくるのは、究極のお金の力……これはもう使い物にならなくなるんです。それに近い状況に今、なってますからね。 そういうことから見て、経済にしても、文化にしてもそうですよ。芸術にしても、科学にしても、究極までいこうとするでしょうね。だけど、究極なものをつくってごらんなさい。芸術も、面白くもおかしくもなくなると思うんです。今よりもっと複雑な音楽をつくったって、聴いて楽しくならない。どんなに複雑な、何千、何万、何十万集めたような膨大なオーケストラをつくってみても、それ自体の芸術性が高まって聞こえるかというと、そうじゃないと思うんです。絵にしてもそうでしょ。今までのあらゆる絵の形式を合成した最高度のテクニックの、この世のものと思われないような絵をつくってみたとしても、いくら見ても面白くもおかしくもない段階にいくと思うんです。究極化すると芸術も行き詰まる。科学もそうですね。科学も、どんなに法則をたくさん見つけても、行き詰まってしまう……その行き詰まりの理由には、あとで触れますけれど。科学も芸術も、もちろん技術もそう。技術もやっぱり科学から出てくるわけですから。これも便利なもの、進歩したものに限りなくいけばいくほど、複雑な技術ほどよいという考え方は、行き詰まってしまう。これが21世紀だと思うんです。複雑なものが行き詰まってくる……ズバリ言えばもっとシンプルな、宇宙的でシンプルなものが出てくるのが本体論の世界です。シンプルなものが出てくる理由が見えてくるんですね。ただ単に、今までの複雑なものが行き詰まってシンプルなものが出るんじゃない。シンプルなものが本当は、一番あらゆる役に立つ理由が、これから見えてくる。その予感が今、いろんなところに現われていると思うんですけどね。


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雨上がりの高尾山頂にて


(太字は引用者)

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by darsana-te2ha | 2008-10-11 01:01 | 世界情勢


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