2009年 07月 05日
陰謀論批判をからめつつ今後のヒト種の方向性などを考える。
 いわゆる陰謀論というのは、普段マスコミや学校教育などでオモテに出てきてない真実を知らせてくれる、という良い面もあるのですが、逆に真実を曇らせる要素も多分にあるように思います。あのオウム真理教が、ユダヤ陰謀論を信者達に教えていたことにもそのことが現れていたように思います。

 いわゆる陰謀論者の方々のご意見で一番問題だと個人的に思うのは、ダーウィニズム的な適者生存、弱肉強食的な世界観を無批判に前提としているところです。そして陰謀を告発している当人自身は、陰謀を図る当事者とは別の、霞を喰ってるがごとく安全地帯にいるといったような当事者意識の無さです。社会生活を営んでいる以上我々は、支配中枢の人々が画策する陰謀的なものに何らかの形での共謀関係として組み込まれてしまうのではないでしょうか。

 進化論においては、故今西錦司氏による「ホーリズム(wholism)」という考え方もあります。全面的にそれを支持するかどうかは別にして、個々の生物種にはマクロコスモス全体と連関した、それぞれの種としての役割が最初から内包されているという見方を僕は支持します。それを前提とすれば我々ヒト種にもそのような種としての役割があるはずです。

 18~19世紀以降の近現代世界において、物事の抽象化、軽量化、一般化がヒト種の物質的な力を増大させるのに有効だったのであり、そのためにはユダヤ人の持つ、『異なる文化的・言語的背景を持つ各協同体間の物質的な価値の相対化の手法』というのが、非常に有効だったんだと思います。

 そのことも含めた啓蒙的な合理主義によって、特に先進国と呼ばれる地域を中心に自然の影響から隔離された、これまでの人類史では考えられないような、自分達の生存を守る安定的な生活空間を得ることが出来ました。

 2009年におけるヒト種は、まさにその次のステップに移行しようとしているのだと思います。そこで重要になるのは『獲得した物質的に快適な空間をもとに、今後何をするために我々ヒト種がここにあるのか?』という問題です。究極にはその質問そのものの答えを出すため、ということになるんだろうと思いますが。

 で、一部では強固な管理社会への移行の危機も叫ばれていますが、強固な管理社会はヒトの種としての上記のような問題解決に向けた方向性には合致しませんから、いずれ自壊してしまうと思います。ただそのことで無駄な犠牲者が出てしまうことは人類のカルマ的にも大きな問題はあると思いますが…(「カルマ」なんていうとオカルト的にとらえられるかもしれませんが、「物質的及び心理的な原因と結果の法則」といた意味で使わせてもらってます)。

 そのような視点から鑑みれば、次の時代に向けて「陰謀」を企む勢力に必要になってくる知恵というのは、ヒト種の今後の方向性への理解なんだろうと思います。
 現在の世界のトップ中枢にいるであろう、個人の物質的な欲望にまみれた人物たちにはそのことが見えていると思えません。これからの時代の「陰謀」の中枢となるべき勢力は、現在のグローバル権力中枢とは別のところにその活動の軸足を置かざるを得なくなるはずです。
 もし今後愚かな勢力が力を持つことで、歴史の針を戻すようなスーパー管理社会化を無理に押し進めていくのであれば、先述したように無駄な犠牲者が生まれてしまうことでしょう。しかしそのことをもってしてもヒトの種としての進む方向というのは、誰にも変えることはできないでしょう。
 そしてその進化を推し進める役割の中心は、現在のアメリカの権力中枢のような、エゴの最大化を至上とする人々では絶対に無いはずです。

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by darsana-te2ha | 2009-07-05 13:41 | 世界情勢


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