カテゴリ:いろいろ感想文( 107 )

2006年 04月 25日
なんだかトンデモないそーだ(共謀罪について)。
 かの「きっこの日記」にもありましたが、「凶暴罪」とも呼べる、なんだかトンデモナイ法律らしいです。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/4a5accf43784029ad80ac2bbb63d9336

 衆議院衆議院法務委員長である石原伸晃氏(自由民主党)に働きかけをするのが効果的だそうです。石原氏のHPにメール入力フォームもあります。1通だけで、どこまで効果あるかはわかりませんが、何もしないよりいいかなと思い、自分も一応出しておきました。

(以下引用)
共謀罪の廃案を願う人々には、ターゲットを間違えないで戦略的に行動してくださることを願います。
法案の採決を止めることができる立場の人に働きかけなければ無意味です。
このような状況で法案を廃案にできるのは原理的に委員長しかありません。

委員長の石原伸晃さんが法案を採決しなければ可決することはありません。

委員長の石原伸晃さんの見識に賭けるしかありません。
共謀罪の廃案を願う人々は、

http://www.nobuteru.or.jp/
衆議院/法務委員会/委員長
石原伸晃さん(自由民主党)
衆議院第1議員会館743号
Tel:03-3508-7904 
Fax:03-3593-7101
↓東京8区(=杉並区) の地元事務所
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.41.45.628&el=139.38.24.979&la=0&fi=1&skey=%bf%f9%ca%c2%b6%e8%b0%a4%ba%b4%a5%f6%c3%ab%c6%ee1-14-20&sc=3

杉並区阿佐ヶ谷南1-14-20ジャート阿佐ヶ谷ビル1F(↑地図)
最寄駅は、東京メトロ丸の内線「南阿佐ヶ谷駅」
Tel:03-3220-1331
Fax:03-3220-1330

に集中して働きかけてください。

街頭で一般市民に向かって運動したいのであれば、石原伸晃さんの東京8区(=杉並区) の有権者が声をあげるように運動してください。
http://sekigumi.ti-da.net/e761884.htmlから引用以上)
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by darsana-te2ha | 2006-04-25 04:07 | いろいろ感想文
2006年 04月 14日
政治家一家のお坊ちゃん達は、自らが戦地に行くことはきっと無いんでしょう。
 戦地に赴いたことも無い坊ちゃん政治家の、人気取りとしか思えない靖国や戦争についての言動に、腹を立ててらっしゃる戦争体験者の方々も多勢いらっしゃることを忘れないでいただきたいですね。その立場上、戦地へ兵隊を送る命令を出す側であっても、決して戦地へ赴く側とはならないでしょう。政治家の2世3世だったりすれば、本人はもとより、身の回りの者たちもそういう立場だったんじゃあないでしょうか?

 こんな発言で人気取りする暇があったら、未だかつての激戦地に眠ったままの夥しい数のご遺骨の収集を率先して行うことが、ご本人やご遺族への国としての償いになるのではないでしょうか。

 戦地の現実も知らずに、彼らの言動に拍手を送る方々にも疑問を感じます。そういう方がたは率先して、傭兵としてイラクの最前線に行き、“同盟国”アメリカのお手伝いを行なっていただきたいものです。故国から遠く離れた戦地で命を落とすことの意味を実感してきてほしいです。

 ネットには書き込まれないし、マスコミにも取り上げられないが、今回の麻生氏の発言初め、政治家達のデリカシーの無い発言に心を痛めている戦争体験者の声があることを忘れていただきたくないです。

 麻生氏のような立場にある人が、靖国の英霊にかんして発言し、それが英霊の総意のようになってしまうことは、おかしくありませんかね? その影響力を本人が知って知らずかわかりませんが。

 平和ぼけしてるくせに偉そうなことをのたまってる麻生大臣や安倍長官のような者が、この国を戦争に再び導いていけば、多くの国民が不幸な目にあうでしょう。彼らは安全な場所で指令だけしてればいい立場ですから(ブッシュやラムズフェルドも然りです)。
 徴兵制がしかれれば若い方々は前線にかり出されます。ミサイルをぶち込まれれば一般市民も巻き添えです。彼ら政治家はシェルターの中でしょ、きっと。
 ちょっと想像力を働かせればわかる話じゃないんですか?

 そんなことを考えれば、好戦的なかの政治家たちの発言に対して言いようの無い腹立たしさを覚えます。

6月10日追記:
上記の話を裏付けるような戦争体験者のお話がありました。神風特攻隊として出撃直前に終戦を迎えられた元海軍少尉 信太正道氏による「小林よしのりファンの若者たちへ 特攻隊員の真実 」という一文です。
(以下引用)
 小林よしのりは、若者たちに喜んで郷土(クニ)のために死んでもらう物語を用意すべし、と強調しています。だまされないでください。戦争も、そして軍隊も、小林よしのりが考えているようなものとは違います。特攻隊当時はもちろん、海軍兵学校当時も、小林よしのりのような無邪気な「純枠まっすぐ君」は私の周囲に一人もいませんでした。みんな自分の行く手に「死」を見ていたからです。「死」に対して無知で鈍感な者だけが、戦争を賛美できるのです。
(引用以上)


Excite エキサイト : 政治ニュース
<麻生外相>小沢民主党代表の分祀論批判
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by darsana-te2ha | 2006-04-14 20:51 | いろいろ感想文
2006年 04月 05日
100ドルPC
OSにLINUXをつかった100ドルPCだそうです。

日本でも出るのかな(HDDは別売らしいすが)。

http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0604/05/news022.html

(以下引用)
「100ドルノートPCは教育プロジェクトだ。その動機は、貧困を根絶することにある」とネグロポンテ氏は語った。
(引用以上)

だそうです。本音だとしたらスバラシイ。
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by darsana-te2ha | 2006-04-05 20:33 | いろいろ感想文
2006年 03月 12日
戦争と家族。「無言館 戦没画学生『祈りの絵』」
 仕事にちょっと余裕が出てきたので、久しぶりに図書館で仕事の資料用以外の本をも借りてきた。その中の1冊が「無言館 戦没画学生『祈りの絵』」窪島誠一郎著 講談社1997年刊、というもの。

 窪島氏は、信州上田の信濃デッサン館の館長さん。先の大戦で命を落とされた美大生や画家の絵を集めた「無言館」の館長さんでもあられる(かつて仕事の取材でお会いしたこともあって、なんとなく親近感があり、この本に手が延びた)。そこの収蔵品を集めた画集になるわけですが、その中の伊沢洋さんの「家族」という絵に目をひかれた。

 友人に能力の高いチャネラーのコがいて(オカルト話が苦手な方、すいませんね。でもこれは 書くべきかなと思いまして…)、彼女が十数年前、先の大戦で日本兵が大勢亡くなられた南方の島へ出かけたことがあった。帰国後、島での体験を聞かせてくれた。

 島では大戦中に日本兵として亡くなったまま、成仏できずにいる方々が沢山いらっしゃったそうだ。その中の1人の方と交信というかお話をし、その中で、一番欲しいものはなんですか?とお尋ねしたところ、日本に帰って、一度でいい、ご両親そしてご家族といっしょに一つのテーブルで甘いお菓子を食べながら熱いお茶を飲みたかったとおっしゃったそうだ。

 その時の話しを、この絵を見て思い出してしまった。

 日本から何千キロも離れた南の島で命を引き取るときによぎった思いが家族とお茶をするという、日常のなんてこともない行為であったということ。

 家族ってなんだろう、こんなにも人の心に深く刻まれてしまう家族って一体なんだろう、ということを強く強く感じてしまった。
 そしてこの話しを思い出すたびに胸が熱くなり目頭がうるうるしてくることを未だ押さえることができない。自分の中にある、欠落した何かと同調してしまうのかもしれないんだけれど……。

 人類の有史以来、人の作った武器によってこれだけの規模の大量殺戮が行われたのは20世紀になって初めてだそうです。
重慶で日本軍が行ったことが、東京ほか日本各地でアメリカ軍によって行われ、また世紀が変わった今日、イラクでも行われていて…。

 そして、戦場で死んでいった者の最後の思いが家族であったという上記の友人からの話。

 これらを一つに出来る思想なり思いを、自分の中でまだ形にすることが出来ていない。でも、娘と2人で日々ともに食べ、会話をし、暮らすことで、南の島で無念にも命を落とされた日本兵の方々の思いの一端を、たまに思い起こしては噛みしめる私でありました……。

追記(06.04.14):
 終戦時15歳で、学徒動員で、勉強そっちのけで各地を転々とさせられただったうちの父は、最近の靖国についての世論を見聞じ下記のように感じたと言っていました。

 国の方針で日本からはるか遠く離れた地に出征させられ、その地で道半ば若くして命を落とされた方々の、いまわの際の思いを想像してみると、はたして天皇陛下万歳と言って本当に喜んで死んでいった兵隊さんは何人いたのだろうかと思う。靖国に祀られることも、全員が喜んでいるとは思えない。最も大事なのは、残されたご遺族の方々が心をこめて各人の墓前で手を合わせ心を通わせることではないか。靖国についてのあれこれに、エネルギーやカネを費やすより、一体でも多くのご遺骨を本国に戻してさしあげることが、亡くなられたご本人にも、ご遺族にも、国として出来うる最大の償いなのではないか、と言ってました。
 特攻隊で散っていった若者たちも、ごく普通の若者であり、ちょっと年上の先輩であったそうです。上官の命令だったので、喜んで行ってきますと言って出撃したのだろうが、その心中を察するに、若くして家族や友人と別れ死なねばならなかった思いはいかほどかと、つらくなると言っていました。
 
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by darsana-te2ha | 2006-03-12 15:32 | いろいろ感想文
2006年 03月 11日
社会正義より、弁護士の金銭的利益を守ることを優先しているのでは?
 今回はわりと個人的な話題なんすが…。

先日の国会証人喚問のとき証人のかたわらにいたホサニンについて、直後のお昼のテレ朝の番組で北野大氏が「最近の弁護士には社会正義が無いんですかね?」と言っていた。まったくその通りだと思った。そもそも日弁連も、社会正義より弁護士の金銭的利益を守ることを優先しているとしか思えない対応が見られないか。

 以前、私の不徳といたすところではありますが、離婚問題にからみ、一人の弁護士が私ども家族の間に入り込んできました。
 当時子どもとともに別居中だった元妻側についたその弁護士による確信犯的な面接権の妨害もあり(当方が人権委員会への申し立てをちらつかせるまで妨害を行っておりました。家裁の調停という情報が外に漏れない、いわば密室で行われていたわけですから悪質と言わざるを得ません)、事態が収束した後、子どもが当事者の一人としての立場から(実際裁判所への書類には元妻と子供の代理人として、かの弁護士および同じ事務所の別の弁護士の名前があった)、その弁護士に対して素朴な質問をさせていただいたにもかかわらず、もう1年近くたちますがなんらのご返答をいただいておりません。再三のこちらからの問いかけに対しても、なんら連絡がございません。日弁連にも電話で問い合わせましたが、関知し得ない問題であるとの対応でした。成功報酬のためなら、ばれなければ権利、法律を犯しても良いのか、当事者としての大きな疑問に答えていただけませんでした。また現在、子どもは父である私が引き取り育てておりますが、一連のごたごたも原因の一つかと思われますが、子どもは精神的に不安定になっております。

 つきましては、子どもの今後の健全な成長という観点からも、千代田綜合法律事務所のE本弁護士には誠実な対応を求めます。
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by darsana-te2ha | 2006-03-11 02:26 | いろいろ感想文
2006年 03月 01日
無党派、神社お参りフリークから見た先の大戦&靖国神社考-2
 昨日は思わず熱く(暑く?)なってしまったが、いよいよ本題。

 自分の限られた知識や経験からではあるが、さらに話を突き詰めて、先の戦争のみならず靖国の問題を考えていくと、明治以降の近代国家に於ける国家神道とは何か?という疑問につきあたってしまう。これは自分ではまだ解決を見ていない問題であるが…。
 明治になるまでは神仏習合で、お寺と神社の境界が曖昧だったようだが、明治政府による廃仏毀釈で、それまでお寺と呼ばれていたものが神社になったりした(というより神社に戻ったといったほうが正しいのか。自分の好きな大三輪神社も江戸期には三輪明神というお寺だったそうだし)。
 また、国が認めない場合は、例え神道系の宗教であっても取り締まりの対象になったのが、明治から終戦までの日本であったのではないか。

 wikkipediaではこんなふうに書いてある。

 こんな見方もある。伝統的な神道観から見て国家神道に違和感があるというのは、自分だけの感覚ではなかったってことですね。しかし、今後とも自分なりの精査が必要であるかと思いますが。
 自分の結論を出す前によそ様の結論を出すのも、いかがなものかもしれませんが(すいません)、靖国問題の歴史的経過と解決方法について、上記と同じ方が、割とニュートラルなお立場でこんなふうにお書きになっておられます。とても参考になります。
 以上、枕。

 では、以下戦後生まれの戦後育ちである小生の私見です。

http://plaza.rakuten.co.jp/tatsu1209/diary/200510170000/より
(以下引用)
時には悪霊などのネガティブな存在をすら、その怨念が災いをもたらさぬように、神として祀り弔うというのが、元来の日本人の神観だ。だから、仮にA級戦犯といわれている人たちが罪人だったとしても、そうした日本人の元来の神観にしたがえば、おかしくない祀り方なのだ。
しかし、すっかり西洋化してしまった今日の日本人自身の、自国の精神文化に対する無知が、今日の騒動を徒に増長させてしまっている。
(引用以上)

『時には悪霊などのネガティブな存在をすら、その怨念が災いをもたらさぬように、神として祀り』というのは、神社としては比較的新しいものであったり、こう言っては失礼かもしれないが、亜流であったりするもの(菅原道真や平将門をまつったもの)であって、本来神社とは、その神社の建つ土地と密接不可分なものでないのか。それは奈良や伊勢、また一般に古社と呼ばれる神社に行けば明らかではないだろうか。
 さっきも述べたように、そもそも明治以降の近代国家においての国家神道とは何ぞやということが、自分も含めた多くの日本人にまだよく把握できていないのではないか。御所が京から江戸城内に移ったというのも、あの時期に大政奉還された尊王派の日本統治のための作戦だったとも思うのだが、個人的にははたして遷都が正しいことであったのかという疑問もある。欧米列強のプレッシャーを受け、急を要する時代の要請からやむを得なかったとは言え(しかも当時は新幹線なんか無かった時代だからなw)、いうなれば日本の伝統解釈というものが、ねじくれちゃったまま、富国強兵を行い、はては昭和20年8月の敗戦があり、今日まで来てしまったのではないか? その文脈の中で靖国神社が建立されたわけで、その位置付け、意味づけは千年、二千年の(長すぎるようならここ500年ほどの)日本の歴史の時間の流れの中から行うべきだと思う。

 さまざまな面で戦勝国アメリカの強い影響下にあり、上記のような検証も行われていない現況において、靖国を国家の長である首相が公人として参拝することは、いかがなものかと思う。それは国内外の世論を歪んだ方向へ導き、歴史認識を更にねじくれたものにしてしまうと思うのだが…。まず行われるべきは、日本の歴史の流れや世界情勢の中での、先の戦争や、国家神道、天皇制、靖国神社についての幅広い再検証と、国民のコンセンサスの確立だと思われるのだが。
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by darsana-te2ha | 2006-03-01 02:04 | いろいろ感想文
2006年 02月 28日
無党派、神社お参りフリークから見た先の大戦&靖国神社考-1
 タイトルにあるとおり、無党派、神社お参りフリークから見た先の大戦と靖国神社考、である。戦争や靖国についての素朴な疑問をちょっと書いてみたい。ただ問題が、今日びの世相を鑑みるに、実に微妙な問題なんで、発表すべきかどうかさんざ迷った末のアップなんすけど。
 歴史事実に関しては浅学ゆえに、間違った部分が多々あるかもしれないが、ご容赦いただくとともにご指摘をいただければ幸いです。

http://bugswebblog.at.webry.info/200506/article_6.htmlより
(以下引用)
もちろん開戦は、避けたほうがいいにきまっている。避けられなかった為政者に開戦責任があることも、あるいはその責任は 昭和天皇に及ぶかもしれないことにも、わたしは同意できる。開戦を回避できなかった責任はしかし、開戦の理由が正当なものか、不当なものかの議論とは別なものである。日本の開戦理由の検証や理解にまで深入りすれば、それは、もちろんアヘン戦争にまでさかのぼる東アジアの歴史と密接に関連した話題なのだが、けっして国家犯罪でもなければ、侵略戦争でもなかった。その開戦理由を理解していない、あるいは理解はしているのだが、アメリカを中心とした現在の国際関係のなかで、それを主張すべきではないという考え方までもをふくめて、戦後右翼と呼べると思う。
(引用以上)

 この方のブログは、あれ?と疑問に思うことが時々出てくるが、こと上記については、全く同感である。
 ただ、開戦の理由に正当性があるにしても、戦争の遂行や植民地経営によって蹂躙された人々が現にいることは、まぎれもない事実なのではないか。 
 開戦や植民地化の理由さえ正しければ何をやっても良いことになってしまう。戦争とはそういうものだ、という意見もあろうが、いうなれば業務上過失致死、傷害であっても、反省をし相手を慮るというのが、地球上の数ある民族、国家のなかでも大人の部類に入るであろう日本人の役目ではなかろうか? 諌めるところは諌め、聞くべきところは聞くというのが、大人の対応である。ちょっと間違いを指摘されただけで、自虐史観だアカだなんだと罵倒するなんてのは単なる子どもである。自らの間違いは間違いとして認め、正しきところは正しきこととして、堂々と認め合うのが大人としての日本人の正しい姿なのではないだろうか。
 相手といっしょになってわめきあっているのは、単なるガキの喧嘩でしかない。大神様達は御心が広くていらっしゃるので、大目に見てくれるかもしれないが、そのようなふるまいははっきり言って日本の恥、アジアの癌と言っても過言では無いのではなかろうか。
 嗚呼嘆かわしきことかな。

 先ほどの引用は右寄りの論客の方のブログからだったが、下記は逆に左寄りの方のご意見だが、戦中戦後の日本の分析としては全く正しいと思う。共栄圏の理想はスバラシかったし、開戦はやむを得なかった面が大きいが、遂行された実態は、当時の日本人の脇の甘さや視野の狭さが現れてしまったということではなかろうか。対アジアの各国にしろ対米英にしろ、相手をよく理解していなかったということではなかろうか。他者との関係性の中で自己は決定されるのである。国においてもそれは当てはまるはずである。
(以下引用)
その意味で、戦前の「大東亜共栄圏」はその名称とは裏腹に日本のナショナリズムの拡張でしかなかった。一国のナショナリズムの拡張でアジア的な共同体を形成しようとする限り、別個な共同体の論理で生きている他民族の抑圧(侵略)にしかならないのは当然だ。京都学派を中心にした戦前の「近代の超克」も、結局は日本のナショナリズムに足をすくわれてしまったのである。
(引用以上)

(続く)
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by darsana-te2ha | 2006-02-28 01:06 | いろいろ感想文