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2006年 09月 30日
郵貯→米国債買い→小泉前首相&竹中前大臣にキックバック-補足
 「郵貯→米国債買い→小泉前首相&竹中前大臣にキックバック」の補足です。

 小泉前首相、竹中前大臣に渡ったという3兆円のことですが、下記ようなことだそうです。

http://naoyafujiwara.cocolog-nifty.com/ipodcasting/より
何でも基金の管理権をもらうのだそうです。その場では換金できませんが、銀行に預ければいくらでも担保でカネを引き出せるので、小泉も安倍政権の人事権は握るし、カネは握るでウハウハだそうです(安倍政権の人事について別の有力者は「抱腹絶倒人事」だと言ってましたね。日本歯科医師連合会の献金汚職疑惑やら何やらで表にでてこれなかったけれど、亀井殺しなど、数々の小泉政権の裏側をやっていた連中を、みんな安倍政権で大臣や政務官にしてやったみたいです)。

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by darsana-te2ha | 2006-09-30 23:59 | お金、政治
2006年 09月 29日
郵貯→米国債買い→小泉前首相&竹中前大臣にキックバック
 「藤原直哉の『日本と世界にひとこと』 小泉政権の後始末」によると、郵貯340兆円のうち200兆円は、既にアメリカ国債買いに回ってしまってるそうです(アメリカがイラク、アフガニスタンで延々と戦争を続けられるわけだわ…)。仲介に入ったのはゴールドマンサックスだそうで、購入したのは30年ものの長期国債だとか。30年後の償還ってったら、過去30年を振り返ってみるとドルは騰がってるとは思えない、むしろ安くなってんだろーな。にもかかわらず金利の高い米国債に投資しましたとか言って言い逃れをするバカが出てくるのでしょう、きっと。
 で、郵政民営化のねぎらいに、竹中氏に2兆円分、小泉前首相に1兆円分の米国債がキックバックとなったそうで、その件が検察にリークされ、この4月に竹中捜査に検察が動き出したところ、事件が米本国に飛び火しかねない、というのでCIAから捜査にストップがかかったそうです。更に口止めにと、検察に対して10億円が動いたとか動かなかったとか…。
 もし上記が真実であるとするなら、昨年の衆院選挙で小泉氏を勝たせたことで、こういうことになったってことですからね。マスコミの確信犯的後押しもあったにせよ、愚かなり我らが国民、日本人ですな…。

 しかし、小泉内閣のインサイダー疑惑を告発していた植草氏の痴漢逮捕どころではない、大スキャンダルですけどね。国民を愚弄するのもいいけげんにしていただきたいものです。(過激な表現やもしれませんが)国賊征伐が必要ですな。

 マスコミっていえば読売新聞の「安倍内閣の支持率70・3%、歴代3位…読売世論調査」の記事、どんな調査・質問をしたんかいな? 世論調査じゃなくて世論操作でないの、コレって。
 恥ずかしくないのか、こんな記事を大きく載せちゃって。落ちるとこまで落ちとるな…。多くの国民の実感と、かけ離れていませんかね。

 こちらに補足記事書きました(10月1日)。
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by darsana-te2ha | 2006-09-29 00:51 | お金、政治
2006年 09月 24日
強力な利益誘導を図った宮内オリックス会長を、竹中氏と共に糾弾できないんすかね。
 個人的に以前から胡散臭いと思ってたオリックス宮内会長。規制改革・民間開放推進会議議長を務め、強力に利益誘導を図ったアメリカのエージェントであり、小泉内閣による新自由主義化政策、国家破壊推進を影で支えてきた人物の一人なんじゃないすかね。
 困った売国会長くん。ケチがつく前に逃亡ですか…。 こんな↓記事もありました。

佐藤立志のマスコミ日記より。

●宮内がやっていた顧問先
 とうとう宮内義彦が規制改革何とか会議の議長を辞任することになった。彼のことを調べたら、パパブッシュ大統領と一緒に来日したグリーンバーグが、実は日米構造改革を牛耳った中心人物であったのだ。
 このグリーンバーグはアリコジャパンの親会社AIGの会長(CEO)だった人物であり、宮内はこのAIGと深くかかわつていたのだ。
 おもしろいのは安倍を応援する安晋会の会長が日本のAIG社の社長であり、代表のゴールネットという会社の取引先にしっかりオリックスが出てくるし、オリックスはAIGと合弁の会社を作っているのだ。
 詳しいことは割愛するが、小泉の構造改革はAIGを始めてする米国ハゲタカの食い物にされていたのであって、米国の意向を受けて旗を振っていたのが宮内ということだ。
 マッチポンプの役割をやっていたと言われても反論できないのでは。
 何といっても一番の国賊的政治家は、小泉。宮沢も森も米国の要求に抵抗していたが、小泉は簡単に不良債権を税金でどんどん処理すると公言して、訪米時にハゲタカ連中を狂喜させた。
 詳細は今書いてるので、これ読んだら日債銀、郵政が米国に日本の資産を売り渡した小泉改革の正体がみえてくる。


 自らが利権に預かる立場にありながら政府の規制改革・民間開放推進会議の議長をやってたという、実にオイシイ思い、甘い汁をすいまくった人物。彼が進めていた役所業務の民営化の問題点への指摘が下記にあります。小泉首相による公務員バッシングに乗ってスンナリ決められたとんでもない制度のようです。マスコミのプロパカンダに騙されてはいけません。

ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報より

宮内義彦の最大の“功績”は、役所のサービスを民間に委託するという「市場化テスト法」の成立を政府に働きかけて、実現させたことにあるだろう。この改革利権は外資ももちろんであるが、オリックスなど民間会社の参入利権にもなっている。安倍政権になっても、市場化テスト法はなくなるわけではない。

市場化テストについては認知度は低いようである。

(中略)

この市場化テスト法、一見にして、非常によい法律のようにも見える。「非効率・高コスト体質な官業」を「民間会社の市場原理に基づく競争」にゆだねる。何も問題が無いように見える。

しかし、イギリス・ガーディアン紙のポリー・トインビー記者の書いた『ハードワーク』(原題:Hard Work,2003)によるとサッチャー政権によって導入されたイギリス版市場化テスト(「外部発注」outsourcing )は大きな問題を生んでいると書いている。

最大の問題は、この市場化テスト法が、イギリスでは実際には巨大な多国籍企業による民間利権の独占につながり、中小企業が締め出される結果になっているということである。中小企業はコスト削減が無理でも大企業であれば多少の“無理”(=ダンピング)は実現できる。要するに労働コストを極限にまで切り詰めればいいのだから。切り詰めたコストは他の低賃金国で補えばいい。国際的なパレート最適といえば聞こえはいいが実態はコストのバックパッシング(他者への責任転嫁)である。

(中略)

市場化テストで公的サービスを民間委託することで、お役所としては、そこで働く人の労働賃金について、直接心配する必要が無くなる。何しろ責任は民間のエージェンシーにあるのだから、なんとも楽な話である。民間のエージェンシーに委託することによって、契約した以上のサービスを提供することは法律違反になるという問題がある。先のトインビー女史の本によれば、病院の荷物運びの派遣職員がたまたま遭遇した患者の介助をすることは契約違反になる。民間委託前には普通にできていたことができなくなってしまい、むしろ現場の混乱と非効率化を招いているという指摘がなされている。


 書いてると無性にムカついてくるんだけど(笑)、竹中、宮内両氏が海外逃亡する前に、その国策を装った恣意的利益誘導の罪状を、世間に明らかにしていただきたいものです。ただそれを誰がどうやってやるかですけどね…。政府広報機関に成り下がった大手マスゴミには期待できんので、秋の国会に期待したいところですな。野党の良識的見識をお持ちの議員の皆さま、よろしくお願いいたします。
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by darsana-te2ha | 2006-09-24 03:27 | お金、政治
2006年 09月 22日
このぶんだとドル崩壊は間近か?
 ここにきて、核開発問題で包囲されているのは、イランではなくアメリカになってきた様相ですね。ブッシュの“プードル”ブレア首相も引退を表明しレームダック化してるようだし、現時点でイラン包囲網に積極的に参加してくれそうなのは、日本とオーストラリアくらいじゃないすかね(下記記事のイラン大統領による発言も、米イラン双方による情報を介した駆け引きの面もあるので、額面通り受け取らないほうがいいのかもしれませんが、それにしても“アメリカやや不利”の感は否めません)。

イランの核開発問題、EUとの交渉は正しい方向に進んでいる=イラン大統領


 また、ここにきてアーミテージ元国務副長官によるパキスタン恫喝が明るみに出てきて、更なるアメリカによる武力介入にはイスラム諸国からブーイングが起きそうですし(ここのところのアーミテージ氏ってば、バッシング続きですな。とかげの尻尾切りにさせられてるのかな。彼は非プロテスタント&非ユダヤのカトリックだそうですし、いざとなったら助け舟が無いのかも…)。
 アーミテージ氏関連の暴露記事2件は、いずれも米国内の大手メディアからなので、何かしらの路線変更が、アメリカ上層部で起きてきたのかもしれませんね。ポールソン新財務長官による中国接近もリンクしてそうですけどね。中東情勢の変化や、ドル基軸体制崩壊危機に対するリスクヘッジを本格的に始めたのかもしれません。

米高官がパキスタンを「脅迫」と 同時テロ直後



「核開発は認めたげるから、石油決済ユーロ化はやらないでネ」
ってのが、現時点でのブッシュの考える、対イランの落とし処と見てますが如何でしょうか。
 自分個人の勝手な予想だと、11月の中間選挙でブッシュ共和党が敗北し、ブッシュ政権がレームダック化、混乱したところを見計らって、年末にかけ石油決済のユーロ化をイランは発表するのではないでしょうか? 7月のロシアに引き続き、年内に南米の産油国も決済をドルから他通貨にシフトするようなので、来年のドル暴落の確立は高くなってきたようですな(産油国は毎年1月に、1年間の決済契約をするそうなので、今年7月からドルからルーブルへ決済通貨を移行させたロシアも、来年頭から本格的に通貨シフトが実行されるそうです。イランも同じでしょう。既に水面下でユーロシフトへの準備は進めてるとは思いますが) 。

 ただ、このまま引き下がるアメリカ=シオニストとは思えないので、注意が必要ですね。窮鼠猫をかむではないですが、大鼠が追い込まれてアホな混乱を招きかねない、とんでもないことやらかさないようにしないと。
 力が弱まってlきたとはいえ、北のミサイルどころでない大きな力を有してますから、ナントカに刃物にならないように注意が必要かもしれません。

「報道写真家から『対イラン制裁のまやかし』」より
アメリカにとっての最大の敵とは、ドルに対する挑戦者だ。
ドルに対する挑戦者は何をしてでも排除する。
それがアメリカ繁栄の絶対条件だ。

メディアによるイラン関連報道に騙されてはいけない。

以前自分が書いた関連記事です↓
「イラン攻撃が先か、ドル崩壊が先か?-1」
「イラン攻撃が先か、ドル崩壊が先か?-2」
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by darsana-te2ha | 2006-09-22 16:36 | 世界情勢
2006年 09月 21日
けっこう痛快ですな(笑)~最近のニュースから。
 国連でのベネゼエラのチャベス大統領の演説。けっこう痛快ですな(笑)。「昨日此処に悪魔が来ていた。地獄のにおいがまだ残っている。」と言ってブッシュ大統領のことを揶揄したそうです。テレビニュースで見た米ボルトン国連大使のプリプリぶりが笑えた(笑)。

「ブッシュは悪魔」 ベネズエラ大統領の国連演説に拍手


 もう一つ別のニュースですが、アメリカがビン・ラディン捕捉のためにパキスタン派兵を画策中とか。挟み打ちをすることでの対イランけん制&挑発なんでしょう。はっきりそう言えばいいのに、なんでくだらん理由をつけてくるんでしょうね。こうやって利用価値のあるうちは、ビン・ラディンを“捕まえ”ないんでしょうね、きっと。ブッシュ政権はイラン攻撃をまだあきらめていないってことの表れですかね。
 しかし、国内に米軍派兵されて、パキスタン国民がだまっているでしょうかね。新たな火種になりそうですけど。

米大統領、パキスタン派兵の可能性 ビンラディン捜索で



 国内のことでは、下記がなるほどなと思いました。

森田実の言わねばならぬ[359] 森田 実氏に聞く――小泉政権5年間の決算は? より
 ――ところで小泉内閣誕生に至る裏の力についてはどう分析されますか。
 小泉首相は米軍基地のある横須賀出身ですが、沖縄と違って横須賀の土地柄は米軍に対して非常に従順です。そこで生まれ育った政治家を首相にすれば日本全体を横須賀化できると考えた米国共和党政権の動向が裏にあると思います。
 もう一つ、米国には日本の郵政資金を活用したいという狙いがあり、そのためには郵政民営化を唱える小泉氏が役に立つと考えたことが裏にあります。
 経過をさらにさかのぼりますと、日本の巨額の貯蓄を米国政府が吸い上げる道をつけたのはレーガン政権(共和党)です。円高にして日本にドルを買わせ、そのドルで米国債を買わせました。その路線を踏襲したクリントン政権(民主党)はそれでも米国政府財政が苦しいため、350兆円の郵政資金に目をつけました。
 しかし露骨に要求するのを避け両国の経済政策の調整を図るためという名目で「年次改革要望書」の交換を提案し、合意となったので米国としては1995年の2回目の要望書に郵政民営化の要求を明記しました。

 ――その後もアメリカは日本政府に「年次改革要望書」の名前で都合の好い規制緩和を要求しており、郵政民営化は小泉内閣が強引に実現させました。
 だから小泉首相はブッシュ政権の世界戦略にとって非常に役に立つ総理だといえます。


 安倍氏をどう評価するか
 ――ポスト小泉の最有力候補とされている安倍官房長官をどう見ておられますか。
 安倍官房長官は小泉首相以上に米国一辺倒であり、ブッシュ大統領に忠実であると米国側は評価しています。

 ――日本国民としては期待できないということですか。
 日本・中国・韓国が仲良くなって東アジアがEUのように一体となる方向に動けば米国は孤立化し、アジアに関与しにくくなります。米国としては日中韓が絶えず対立し続けることが望ましいのです。だから反中国の権化である安倍さんは米国によるアジアの分断支配に大変ふさわしい人物なのです(太字=当ブログ管理者)


 もう一つ、先日痴漢容疑で逮捕された植草氏ですが、小泉政権によるりそな銀行救済に関するインサイダー疑惑を追求されてたようですし(竹中大臣の疑惑大有り)、そのことに関する著作の発行が間近だったそうです。このタイミングでの逮捕には、なんらかのウラがあるとの情報もあるようですね。




9月25日追記:こちらにチャベス大統領の国連での演説の全文(邦訳済)が掲載されています。
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by darsana-te2ha | 2006-09-21 12:57 | いろいろ感想文
2006年 09月 18日
人間らしいっちゃ人間らしいが(笑)。
 ちょっと脱線しますが、中国がらみのサイト読んでたら下記のような記事を発見。

 汚職がらみで、愛人のことがバレた中国のエリートのことが書かれてますが、なんてえか日本も中国も女のために地獄へ突き進んでしまう人たちっているんですね。
 以前日本でも南米の愛人を囲った横領公務員さんの話がありましたが、いや、まだ可愛いもんかも。

 取り上げられてる人物のどちらにも100人以上愛人がいて、しかもパソコンでリスト作っていたというのが、なんとも…(笑)。共産党や儒教の建前優先の人心コントロール術では、やはり制御しきれないのかな。

(誰だぁ、羨ましいとか言ってるやつはーっ!・笑)

 イロとカネの持つチカラの大きさですかね(現代資本主義の大きな原動力の一つでしょうな)。欲望と善のバランスのつけ方を考え直すべきなんでしょうね。今や人類全体に言えることなんでしょうけど。
 イスラムのように、そういう欲望は悪ではあるが、人の性(さが)としてある程度仕方無いものなので、喜捨という別の善なる方法によってバランスを取らせる、というのも一つの方法かもしれませんね。

「中国・キタムラレポート」
囲った「愛人」140人以上! 最高記録を樹立した汚職役人
「性豪」番付け 東西2大横綱の凄腕ぶり

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by darsana-te2ha | 2006-09-18 11:53 | 日中関係
2006年 09月 16日
すいません。
 中国のことを中心に「人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-3」を書く予定でしたが、もう少し関連情報について調べてから書こうと思います。すいません、しばらく間を置くことになりそうです。
 とりあえず、今中国について考えているのは、8月末に書かせていただいた、こんな感じのことです。

 当たるも八卦、当たらぬも八卦で、無責任に個人的な予想を申し上げれば、中東でアメリカは敗北し、石油の決済も他通貨へシフトいってしまうことで、近い将来、ドル暴落が始まるだろうと思います。たとえ傀儡政権を立て、石油を押さえたとしても長く続かないのではないでしょうか。また仮に中東を押さえても、中国を負かすことでのドル支配継続は難しいように思われます。アメリカ中枢の優秀な頭脳や世界一の軍事力を持ってしても抗し切れない大きな流れが、世界中の人々の意識の中に作られつつあるように思われてなりません。
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by darsana-te2ha | 2006-09-16 15:57 | いろいろ感想文
2006年 09月 15日
人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-2
「人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-1」からの続きです

 引き続き山手圀弘氏による90年代に行われた講演からです。
 イスラムがなぜ今勃興してきているか、人類史的意味について述べられております。
 当然その次にやってくるのは、経済原理、社会原理の変革で、今起こりつつあると思います。それを非常に恐れたのがソ連であり、アメリカなどの西欧社会ですね。イスラム原理主義が入ったら困るという恐れがあって、アフガニスタンに侵攻したらしい。もうあと戻りができないほどにソ連社会が分解し始めている引き金は、イスラムなんです。ソ連社会の人口の1/4がイスラムですから、もうどうしようもない状況です。中近東、アフリカ、そして今はイスラムの人たちがどんどんヨーロッパになだれ込んでいますから。イスラム文化の影響は、西ヨーロッパまで広がっているという状況です。それが今度のイラク問題に現われている。アメリカを含めた近代西欧社会の中でのイスラム革命ですね。イスラム革命というのは、ルネッサンス以降、特に強く現われた経済原理や科学技術の原理で編成された近代西欧社会の、もうひとつの変革なんです、次のステップへの。本体論的なオートノミー(=原理/当ブログ管理者)に移る。そう見ないと理解できない。
 そこへもってきて今度は同時に南北問題があるでしょ。東西関係が未来までシフトするわけですね。米ソの関係が融和したのは、実はイスラムの問題が出たからだと考えられますね。次の宗教改革の余波が、次の経済革命、産業革命、社会革命、文化革命の方向へ伸び始めていますからね、東西関係が。もう米ソ対立と言ってられない。ほとんど同じ原理ですから。たとえ社会主義、資本主義といっても、所詮、経済原理はほとんど同じですからね。賃金、地代、利子の経済原理は、同じオートノミー(=原理/当ブログ管理者)。科学技術も同じ思想です。ところがイスラムとなるとちょっと違うんですよ、原理的に。同じ延長線上だけど、原理的にはどかっとオントロジー(=主客一如/当ブログ管理者)に向かってしまう。インシャラーになっちゃうわけです。宇宙に従いましょう、ヒューマニズムじゃなくてユニバーサリズムになりましょうというんですから、ソ連もアメリカも恐ろしいんです。これがフセインの自信なんです。論理的にそれを解釈しているわけじゃないんですけど、直感的な自信でしょうね。彼らは厳密な形では表現できないでしょうけれども、神と盛んに言っている。社会主義者でありながら、奇妙なことに無神論に近い社会主義でありながら……西欧にはキリスト教の社会主義もありますが……この頃フセインの言ってることは、神によって守られているとか、神の代理で動いてるという言い方でしょ。これから21世紀は、宇宙原理で動くということです。だから21世紀は自分たちの世紀だという自信をもってきている。これがソ連、アメリカには恐ろしい。自然法則以外何もないんですからね。
 あとは真性オートノミーと疑似オートノミーの別を取り上げますけど、そのことを理解しないと、これからの企業も市場もどう動くかは見えてこない。社会開発がどうなるかも、見えてこないんですね。あれは、単なる中近東の紛争の問題じゃないんですよ。今、ものすごい地球上の大変革が行なわれている。あれは別にフセインの力ではなく、彼はただ引き金を引いただけです。そこに南北問題も加わるから、さらにわかりにくい。フセインの自信というのは、軍事的に完全に粉砕されても……確かに近代科学技術の点では格差がありますから、アメリカが誤算したように数日で終わってしまうような勢いでしたね。しかし完璧に軍事的に制圧されても、フセインは自信をもっている。なぜならば、人間の生命力は、軍事では抑えられないことを知っていますからね。
 ベトナムもそうでしたけど、ベトナムではシャングルの力と人間の力が一体になって、アメリカは泥沼になったでしょ。どんなに枯れ葉剤を使っても、ナパーム爆弾を使っても、結局はゲリラに対抗できなかった。砂漠だから隠れるところがないといっても、砂漠はまた自然のオートノミーをもってます。ジャングルのオートノミーとは違う。近代のハイテクも受けつけないような、ジャングルとは異質の、砂漠のオートノミーをもっています。これから自然の力をたっぷりと思い知らされる。そのことをフセインは知ってるんです。アラブの現地の人間はみんな知っている、何千年、何万年とそこに生きてるんですから。フセインが誤算してるとアメリカは言っていますが、我々の目から見るとそれは逆で、アメリカの誤算のほうが大きいんです。昭和20年代からアラブやユダヤ、イスラムの団体をつくってつき合ってきた経験から言っても、明らかに誤算しているのはアメリカです。
 ベトナム戦争の時にも、偶然私はベトナムの人とのつき合いをもってましたから。グエン・フーというベトナム解放の人民戦線の代表者がいますが、その日本代表であったグエン・リー・ネップという人とも知り合いだったので、ベトナムの細かいことも、逐一わかった。アメリカが介入する以前から、フランスと戦う以前から、ずっと見てきたんです。いかに近代国家は誤算するか。
 フランスも簡単に誤算して退いた。アメリカもベトナムに入っておそらく誤算するだろうと我々は思っていたんですが、やっぱり誤算して撤退。それと同じ感じが、今度のアラブにはあります。アラブの場合はベトナムよりさらに領域が広いし、複雑です。イスラム全体ですからイランも巻き込みますし、アフガニスタンも、ソ連や中国のイスラム圏、インドネシア、マレーシアのイスラム圏もですから、大変なことになる。アメリカは、なぜそんなばかげたことをやるのかと思ったんですが、よく考えてみると、やらざるを得なかったのかもしれませんね。だって、もしイスラムの原理が、一番西欧に近いものではあっても、近代西欧社会、近代の経済、文化の原理を変えていった時には、ソ連もアメリカもヨーロッパも、今の形は完全に崩壊するんですよ。あまり急速に崩壊させられては困る、ということもあったと思います。
 ですから当然、革命に対する反革命のようなものが起こりますよね。今、ソ連のゴルバチョフが……彼もユダヤ人ですが……ソ連でもすごい変革が起こったら困るから、保守のほうへ引いているでしょ。古典的な社会主義のほうへ引き戻そうとしている。あんまり早い変革は崩壊につながるという危機感をもっています。これはアメリカもECも同じです。さっき言ったようなオントロジーの方向へ突き進むにしても、あまり早くイスラム革命が起こったら困るんですね。ですから、相当面倒なことになると重々わかっていても、やらざるを得なかったという側面はあったんでしょう。南北問題まで入ってくることがわかっていたら、本当はやれなかったはずです。南北問題が入ると、今度はイスラムだけじゃなく、第三世界全体を敵にまわす可能性がある。もうそういう雰囲気がありますから。ベトナム戦争どころじゃない。地球全体に拡大する状況になってしまう。もうそこへ入ってるんです。


 同じ山手氏のサイトより、道教についてのお話です。やはり、人間や自然の本音により近い道教思想の優位性について述べられています。

 さらに郷村という場合、今マレーシアとかシンガポールへ行ってもそうなんですが、中国社会では郷村=幇で生きてますから、彼らが根っこにもっているのは、孔子の思想、官吏の登用試験に出てくるような政府を構成する人たちの原理です。しかし、一般の人たちはそうではない。老子、道教なんです。東南アジアに行っても、華僑の人のいる所には道教寺院があるでしょ。そこでさまざまな祭りがあり、生活様式が出てくる。そういう意味では、郷村自治運動に基盤をおいている中国共産党の思想基盤の中には、表に出してないけれど老子の思想がある。民衆の郷村自治の哲学のようなもの、これも本体論、オントロジーなんです。老子の思想は、日本人なら誰でも知っているようですね。太極の思想であるとか、“道”の思想です。宇宙空間全体を、インドでブラフマンと言っているのと同じものを基盤として、すべてのものがそこから流れ出てくるという思想です。自然界も人間も全部そうですから、それによって自然に物事を変化させていく、自然的な変革……その思想が老子ですね。これは、西欧的な、理知によって計画的に編成していく社会主義とは全然違う。
 社会主義は明らかに個の思想です。ヒューマニズム。サルトルも「共産主義とはヒューマニズムなり」という言い方をしていますよね。言い換えれば、個の思想であり、個人の人権を社会的に合理的に編成した時には、社会主義、共産主義になる。しかし道教とか老子の思想を社会的に、あるいは自然界にまで当てはめて広げていった時には、西欧的な社会主義、共産主義にはならない。別のものなんです。このことは、まだ日本では理解されていないですね。中国は違うんですよ。ベースが全然違う。ただ第三世界の人たちは、何とはなしにそれを理解している。ですから未だに、毛沢東思想は広がっていますね。これは21世紀に向かってこれから出てくる、第三世界と第一、第二世界との南北問題、南北のクロスオーバーとフュージョン……衝突と交流を引き起こす南北のエンカウンターです。
 東西のエンカウンターは片づいたように見えて、今度はイスラム原理によって、さらに新しい東西問題が今現われていますが、南北の問題はこれから出てきます。その引き金が今、イラクで引かれている。あれを見ていてごらんなさい。そのうちに南北問題が、全地球的になります、本格的に。


 ここにきて急激に現れてきた、アメリカの経済軍事面での失墜は、歴史の必然なのでしょう。ユダヤ・キリスト教的な個の本音(副島氏のおっしゃるラチオの思想)から、自他一如的な場の本音(自然と一体になった肉体的な本音)へと、今、世界がシフトしているからではないでしょうか。
 同時に個の思想が持つ欺瞞性があらわになってきたように見えます。欧米の理知的な個中心の思想によってもたらされるものは、共産主義であれ資本主義であれ、ネガティブな意味での格差や疎外でしかないことが、近現代史の現実の中で証明されてしまってますから。
 確かに日本の社会の進化段階は、欧米より遅れているのでしょう。しかしそのことは決して悪いことでないと気付くべきかもしれません。いろんな社会的発展段階が世界に並立してることに目を向けるべきでしょう。そしてその中で私たちは何が可能なのでしょうか?

 ふりかえって我が日本の小泉、安倍両氏による更なるアメリカ従属は、アメリカご臨終の引き延ばしにはなりますが、ご臨終そのものを防ぐことはできないように思われます、というよりヘタすると日本がアメリカ(+イスラエル)との無理心中の憂き目に会わされかねませんよね。
 アメリカとの心中回避のためにも、また米中両国へのけん制のためにも、今後日本はロシアとの関係が大変重要になってきそうですけど、如何でしょうか。日露両国って不幸な過去はありましたが(まあ元をただせば英米にけしかけられたって面も強いのでしょうが…)、得手不得手を互いに補完しあえる関係に見えるんですよね。(太字=当ブログ管理者)

「人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-3」へ続く。
 ↑中国のことを中心に続きを書く予定でしたが、もう少し関連情報について調べてから書こうと思います。すいません、しばらく間を置くことになりそうです。
 とりあえず、今中国について考えているのは、8月末に書かせていただいた、こんな感じのことです。
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by darsana-te2ha | 2006-09-15 01:32 | 世界情勢
2006年 09月 14日
人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-1
 ネオコンを中心としたアメリカによる世界ドル支配継続の具体的な方法は、まず中東の石油を押さえ、次に中国を押さえるというものだそうですが、奇しくも中東、中国という両地域にはイスラム教と道教という、反ユダヤ・キリスト教的な、より自然や人間の本音に近いという思想が底流にあることです。
 近現代において、世界をリードしてきたであろう価値観――自他を区別し、その上で自らの取り分を最大にしようとするユダヤ・キリスト教的な個の思想――の限界が、今や明らかになりつつあるのではないでしょうか。
 実際、ユダヤ・キリスト教的価値観を拠り所とし、金融・軍事を武器としたドル基軸通貨体制やカジノ資本主義によっては、環境面でも人心面(反米、反イスラエル感情の噴出)でも、近い将来に立ち行かなくなるだろうと思われます。
 その面から考えていくと、アメリカやシオニストによる対中東、中国戦争は人類史に対する反動、もしくはご臨終前の断末魔に見えてしまいます。
 マクロで歴史を俯瞰し、たとえば100年後200年後に20世紀終わりから21世紀初頭を振り返ったときに明らかになるだろうと思いますが、アメリカ・イスラエル連合による中東での敗北は歴史の必然であろうということです。

気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板・副島隆彦氏による書き込みより

 イスラム教には偽善が無い、ということが重要だと、私は考えました。神道(本当はすべて道教)、仏教、儒教 のこの神・仏・儒そして、キリスト教 のこの 4つが駄目なのだ、と私が、船井幸雄論で断定したのは、この人類の4大宗教は、僧侶(偉い人、修行者)たちに、性欲(結婚) と 金銭欲(強欲) を禁止した。

日本語で言えば、「肉食妻帯(にくじきさいたい)の禁戒」です。そして、お金を汚(きたな)いものだと、考えて、お金の話をしないようにした。

私は、それは巨大な偽善だと判定します。 お金(商売、取引、利益活動)がなければ、人間は生きてゆけない。それを、汚いものを扱うように考えたのが、先の4大宗教だ。そして、僧侶(坊主、モンク、プリースト、サンガ、修行者)に 「女犯の戒」を科して、性欲を禁じた。

そのくせに、それでは、自分たちの大教団が運営してゆけないものだから、巨大な偽善を実践して、陰で隠れて、商売(経済活動、占い、まじない、経文売り、加持祈祷)をやったり、隠れて子供を作った。

それで、織田信長が、「この売僧(まいす、腐れ坊主ども)め」と怒って、比叡山の焼き討ちをやって、皆殺しにした。居ないはずの比叡山から、一万人近くの女、子供が、比叡山の琵琶湖側(坂本の町)に、山火事の炎に捲かれれながら、命からがら逃れ出ててきたが、信長はそれも「ひとり残らず、なで斬りにせよ」と命じた。 

 それで、その前に、それまで5百年以上も続いた、延暦寺(山門派)と 円城寺(えんじょうじ、=三井寺、みいでら、地門派、大津市)
と、奈良の興福寺(こうふくじ、法相宗ほっそうしゅう)のが、まるで大学闘争(学生運動)のような、京の町まで巻き込んだ、僧兵たちの殴りこみ合戦が絶滅した。このあとは、一向門徒(本願寺派、親鸞の系譜)の時代になる。

私も、この腐れ坊主たちめ、と今も思います。 言っていることと、やっていることが違うのを、偽善(ヒポクシシー)と言う。何よりも偽善がいけないのです。自分たちの真理探究が続かないものだから、ただの宗教(信仰)にしてしまって、あまつさえ、「女犯の戒」と、物欲、経済生活の問題を、ひたすらごまかして、いい加減にして、 ずらして、とぼけて、そして、現在の 葬式仏教の、腐れ果てた現状だ。 

 厳しい修行が出来ない者は、山を降りて、そして、普通の人として生きよ。

だから、私は、神・仏・儒 は、駄目だ。そうよりも、素直で正直な 道教(タオイズム)の方を中国と日本の民衆(とりわけ女たち)が崇拝したはずだ、と納得が行きました。 

 イスラム経と道教は、この点で偽善が少ない。言っていることがやっていることと一致している。 お金儲け(商業活動)を認める。しかし、それと同時に、人助けのための喜捨(きしゃ)もしなさい。お金を貧しい人にあげなさいと解く。 シャリア、ザカードという。

男の性欲も仕方がない者であるから、力があって、金もある男は、4人まで奥さんを持っていい、とした。道教も同様のようだ。この正直さは、すばらしい。


私は、思想家として、正直でありたい。偽善が一番嫌いだ。今後は、だから、もっともっとこの世の、人間たちの真実を暴(あば)きたい。

私が、なぜ、神・仏・儒、そしてキリスト教団(人間への愛を説いたキリスト本人ではなくて)の4大宗教が嫌いかと言えば、それは、偽善が大き過ぎるからです。だから、もう、これらが世界民衆を支配するのは、飽き飽きだ、と思います。

このように私が思ったからと言って、今の現実世界が、どうにかなるものではない。信者たちの信仰の世界はこのまま続きます。しかし、私は、自分一個の問題として、「自分の葬式をどうやってもらうか」とか「先祖崇拝(これは良いことだ)」を仏教などには頼らない、ということで、道教の方が、ずっと正直でいい、という風に考えて、大きな真実を、あの論文「船井幸雄は道教の思想家だ」で、暴露(ばくろ)したのです。

道教(老子の思想)は、素朴なお金儲けと先祖崇拝と、そして人間の諸欲望の肯定をした上で、それを穏やかに自省させる良さがある。書いていることは、皮肉と逆説と、反対論 ばかりであるが。

神・仏・儒そしてキリスト教が、ユダヤ教の強欲・拝金(ラチオ、リーズン、合理、理性)の思想に、ぼろ負けに負けて、この2百年間ぐらい(東アジアでは、 1840年の阿片戦争以来)からずっと劣勢のはずだ、と納得が行きます。自分たちの教義(原理)の中に、巨大な偽善あるからだ。


そして、文明間の衝突」(サミュエル・ハンチントン)によって規定されたごとく、イスラム教 と ユダヤ教の 大激突の時代になった。今世紀初頭からすでに中東で始まっていたのであるが。 大川周明(おおかわしゅうめい)は、バグダッドにいたドイツ軍と連帯するために、ゴビ、タクラマカン砂漠を越えて陸軍中野学校の情報将校たちが行こうとした(ほとんどは、ネパールあたりで、英軍=グルカ兵に捕まって処刑された)ことの戦略を作って、イスラム教の研究をしている。

私は、人間は言っていることと、やっていることが違うのが一番いけないと、思う。それが偽善だ。どんなにみっともないことであっても、言っていることとやっていることが一致していれば、その人なりに正直な生き方をしているのだ、と認めることにしている。 自分たち自身の内部の巨大な偽善を隠しながら、大教団をつくる者たちは、滅ぶべきである。

しかし、このことは、簡単なことではない、と私も分かっている。言葉(理屈)などで、どうにかなることではない。


仏陀、孔子、アリストテレス は紀元前500年ぐらいの人で、ほとんど同じ時代に表れている。 (キリストはその500年後ぐらい。イスラム教のムハンマドは西暦622年に成立ですから、さらに600年後である。) といことは、地球上にほとんど同じ時代に、大きく4つの地域に、人類の文明(古代帝国)が生まれて、同じように、真理を探究しようとする態度が、全く同時期に、人類の各文明で同時に発生した、ということです。

その後も、多くの思想家と宗教上の争いと、多くの人間の苦しみがあったのですから、素朴な言語ゲームだけで、何とかなる、ということは、無いと私は思います。

 次に、以前引用したものと一部ダブリますが、山手圀弘氏による90年代に行われた講演からです。
 副島氏同様、イスラム教が人間の本音に近い部分に根ざしており、それゆえの強さによって、今やあらゆる面で問題噴出しているユダヤ・キリスト教的な個中心の思想に変わって勝ち残っていくであろうと、またそれが歴史的人類史的必然だろうと述べています。
 ヒンズーとか中国の思想はまた違いますが、中近東辺りやヨーロッパに広がった思想の中では、生活様式の変化とか、社会、経済原理の発展が、全部個の原理に並行していますから、現代の文明社会をつくっている経済原理や科学技術の原理、工業社会の原理は、明らかにユダヤ教、キリスト教の延長ですよね。そこへアラブが後発の形で……宗教改革はずっと以前に行なわれたんですが、それを近代社会に体制として現わしてくるのが遅れていますね。これが今、出てるんだろうと思うんです。ですから、人間関係とか社会関係がとても曖昧に見えるのは、実はアイデンティティ、リアリティを形あるもの、個々の単位や人間という個の立場におかないで、場や、ついには神と彼らが言っている宇宙原理、宇宙のほうにアイデンティティ、リアリティをおいた場合のものの解釈、生活の編成の仕方、社会の構成の仕方、ここへ無意識のうちにもっていっているからです。これがアラブだと思うんです。ですから、アメリカもヨーロッパも理解できない。日本もちょっと、近代国家として対応する時はずれている。しかし、何とはなしにアラブの心情は理解できる。日本人も曖昧なところが、“世間様”という場の思想がありますから。アラブでは世間様ではなく、“インシャラー”と言うらしいですね。“神の御心のままに”と。宇宙がどうしたらいいか決めてくれる、自分が決めるわけでもないし相手が決めるわけでもない。人間が決めるわけではなくて、結局成り行き次第ということでしょうか。日本辺りでは自然随順、随神の道というのもそうだったんでしょうが、“自然のままに”というのを向こうではインシャラーと言っている。一脈通じるものをもっているんですね。ユダヤ教宗教改革の延長で、宇宙意識を取り戻す、本体論的な記憶回復をする運動が起こり始めていると見ていいんじゃないかと思います。

(太字=当ブログ管理者)
「人類史的必然としてのイスラエルとアメリカの敗北。-2」へ続く

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by darsana-te2ha | 2006-09-14 11:39 | 世界情勢
2006年 09月 13日
先の大戦に対する日本人の戦争認識について。-2
「先の大戦に対する日本人の戦争認識について。-1」からの続きです。)

 続いて、「キリストに出会った仏教徒だ」と自らをおっしゃり、自給自足の修道生活を八ヶ岳山麓でなさっていたカトリック司祭故押田成人師(大正13~平成15年)によるお話です。ちょうど大学生でいらした時に太平洋戦争が始まり、多くの学友が戦地に赴き、何人かが亡くなられたそうです。ご本人は徴兵されたものの病身のため内地に残り、戦後修道生活を始められたそうです。
 自ら進んで、戦争時に被害を受けたアジアの方々の憎しみに会いに行こうとされたこともあったそうで、私なんぞのような凡夫には到底真似できないことではありますが…。

子どもと生活文化協会HP内「平和への道」(1994年)より
私はね、南京大虐殺の真相を知りたくて中国へ行った。十何年前、まだ非常に入国が難しいころだったけど、香港でやっとビザがとれた。そのビザは都市だけのビザだった。私は香港から、私が聞いていた中国の赤十字の人に電報を打った。ただ、何時何分の飛行機で上海に着きます、と。
 (中略) 病院を出てすぐ、「それではこれから南京へまいりましょう」そして、紅十字の南京の責任者にお会いした。私は言ったの。「実際に南京虐殺の現場で犠牲を体験した人にぜひ会いたい。その方の言葉を聞きたい」「分かりました」三人の方を招聘してくださった。一人は「日本軍が戦争をするための大事な仕事を手伝ってもらいたい。まずここに穴を掘ってくれ」といわれて、みんな穴を掘った。穴を掘ったあとで一人ずつ首を切られて落とされた。彼は首を切られる前に自分から穴へ落っこった。そして下の人の服の下に首をつっこんで、こうやって首を切られたようにしてた。上からさんざん銃剣で突き刺された。だけど死ななかった日本兵が帰ったあと、友達が見に来て助け出された。もう一人は揚子江の川の上に一晩じゅう浮いて死んだふりをしてた人。そういう人の証言。もう耳をおおいたくなるような気持ちで私は聞いていた。そして、その銃剣で刺された人は、私の顔を見てね、「僕たちはこんなに似てるじゃないか。なぜあんなことができるのかねえ」って言ってたんだね。その時ね、私は当事者じゃないという意識がいつもあったの。だからまだ本物じゃない。
 もう一つの例を言おう。私は戦後、フィリピン、それから中国と台湾、そういうとことに行ったときに、どうしても日本軍がしたことにたいする憎しみに会いたかった。僕はね、フィリピンに着く前に、飛行機の上から見てね、ああ、あんなとこで友人たちが散っていったんだろうなあ、どこにいるのかなあと思いながらね。だけど憎しみに会いたかった。僕が日本人だということを分かるはずだった。僕が日本人の格好をしてるから。しかし、会おうとするほど歓迎に出会う。最後に民衆貨車式タクシーのジプニーにとびこんだ時など、大歓迎を受けてしまった。その後、台湾に行って講演したんだよ。原子爆弾を落としたときの会議の話をしたの。原子爆弾を落とす前に、アメリカの責任者たちが会議をした。この原子爆弾を本当に落とすべきがどうか。その時、反対したのは一人の海軍の将軍だった。「そんなことはいけない」だが一人だけだった。あとは承諾した。理由は何だったか。「一度試せば二度と人類は使わないだろう」と。
 「これは理由にならない。一度使えば二度使うんだ」と私が言ったとき、シンとした中から「日本人はもっと残酷だった」と言って泣き叫びながら、一人の婦人が演壇に向かってきた。「日本人はもっと残酷だった」人々は彼女を止めた。私はそれを見ていた。私はありがたかった。初めて私は憎しみにであった。真実にであった。私はうれしかった。だけど私は彼女が止められるのをそのまま見ていた。私は「止めないでください」とは言わなかった。「演壇に来て、あなたの気持ちを話してくれ」と言わなかった。まだわたしは第三者として見ていた。だから彼女は救われていない。(太字=当ブログ管理者)

 同じサイトから、押田師による平和についての見方です。
 アラブとユデア(ユダヤ)が戦争しているときに、私は平和の核をつくってくれと呼ばれていったことがあった。その時も同じような体験をした、私はイエロニモの洞窟で急性肺炎で倒れた。死にそうだった。すぐに病院に移さなければ私のいのちはない。当時、戒厳令が出ていて、夜はだれも外出できなかった。外出すれば監獄に行く。私は夜中に倒れた。片肺の人間だから、本当に一刻を争った。その時私を助けに来たのは、飛行場に出迎えにきたユデア人老夫婦だった。監獄に行くのを承知で。キリスト教徒じゃなかった。
宗教の区別でも民族の区別でもない。本当に無心に真心になれるひと、こういう人たちだけが平和を本当に守っていくんだよ。上の方から操作される人間は、悪魔の道具になるだけだぞ。この世でもあの世でも呪われるだけだ。このことをよく自覚するように。終戦記念日で一番大事なことがこれだということを、皆さんよく覚えておいてくれ。大会社の社長になることなんか大事なことじゃない。本当の人間になることが大事なんだ。
 現在、第二次世界大戦の前よりもっと危険な状態だけど、だれもそれが分からない。もっとめくらになってる。便利だ便利だ、楽しい楽しい、冗談じゃないよ。心がなくなったらすべてはなくなるんだ。正直に、本当にかけがえのないもののために命を捧げて生きることだ。真心をもって、それを生きることだ。いわゆる文明社会の汽車は、もう断崖絶壁から落ちてんだよ。だんだんだんだん、みんな機械に操作されて心がなくなり、かけがえのないものがなくなった。
 文章も、そういう存在の響きがある文章がなくなってきた。ただ説明の文章だけ。どんなドキュメンタリーでも、存在の響きのない文章は信じるんじゃない。そんなのは文章じゃないんだ。そうやってみんな操作されるんだよ。存在の響きがないものは信用しちゃいけない。学校の教科書で存在の響きのある教科書があったら持ってきてみなさい。
 だから、テレビのコマーシャルのディレクターが私のとこに来てお御堂で声をあげてないてんだよ。「先生、私の胸はもう黒い穴でいっぱいです。私はもうこれ以上嘘がつけません」これが今の経済会の実態だ。 「地球にやさしい商品だなんて、もうこれ以上言えません」
 大きな建設会社の責任者たちが来て、「建設とは何だか分からなくなりました。私たち、建設するほど自然との調和がなくなるんです」全部、存在と遊離した価値だけを追ってるからだ。基本は存在なんだよ。平和は存在の響きからしか出てこない。方法論から出てくるんじゃない。そして悪魔が一番こわがっているのはそれなんだ。だから存在の響きをなくすためにいろんな連想のマニピュレーションの方法論を今研究しているんだ。それにみんなひっかかっているんだ。存在の響きが出たら自分たちが負けることが分かってるんだよ。
 暴力、幻想というものを容認している限り、平和は来ない。非常に深い根、そういう根に生きている人の言うことをよく聞くこと。そういう人と一緒に歩くの。日本が地獄の子になって、未来永劫みんなの恨みをかっていく国になるのか、最後の時点でもう一回生き延びて、日本のいいところを人々に分かち与えるのか、今本当に岐路なんです。だから、神様の手となって働いている人、その人と本当に協力するように。これ(「いま戦争はこうして作られる」という本)は、現在操作がどういうふうにして行われているか、どういうふうに湾岸戦争が行われていったか、ということを記したもんであって、操作ということは、背後に操作する何かがあるのね。中曾根さんが日本は不沈空母になるなどと発表したのは、個人的に偶然に言ったんじゃないんだ。日本列島改造論も、偶然にそういうものが出てきたんじゃないんだよ。日本の飛行場の急激な増加も偶然起こってんじゃないんだよ。いま、日本全国で十三の団体が飛行場反対でやっている。それでもつくるんだ。目の前に起こっていることぐらい分かるような平静さをもたなければだめ。一番怖い原発の話もしなかったが、夜話したら怖くて帰れない。このぐらいにしとこう。どうもありがとうございました。(太字=当ブログ管理者)


 ここでは、現実的政治的な方法論的平和論ではなく、もっと本質的なものとしての平和について述べられています。そこでは、一部のリーダーだけではなく、私たち具体的個人一人一人がアクセスすることで、集団的な平和への意志が形作られていくイメージです。
 「存在の響き」という言葉がキーになっていましたが、無味乾燥な意味の羅列ではなく、体験と感情がこもったもの、という意味であるように思われます。そこにおいて、「先の大戦に対する日本人の戦争認識について。-1」で取りあげさせていただいた高椅巌氏のおっしゃっていたこととも繋がってきます。
 アジアの人たちもそうですが、私たち日本人も、先の大戦での苦を未だかかえたままなのではないでしょうか。個人においても、集団においても、苦から解放されるためには、深い感情というものが不可欠なのかもしれません。そこには、抽象的客観的な知識ではなく具体的な個人が媒介になる必要があるようです。
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by darsana-te2ha | 2006-09-13 01:43 | 目に見えないコト