<   2006年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

2006年 11月 25日
「ロとの外交問題に発展 英、元情報員毒殺疑惑で」他。マスメディアの作為ばかりが目につきますね。
 詳しいことわかりませんが、英メディアの騒ぎ方を見てると、なんかウラがありそうですけどね。

 ここんとこ中央アジアや中東で、中露に押され気味で分の悪い英米による情報戦の一環のような気もします。
 かの佐藤優氏によれば、犯人はチェチェン利権にからんだロシアマフィアではないか、とのことですが…。

 一方日本では、安倍首相は支持率が下がりそうになると、北朝鮮情報を小出しにして人気を維持しようとしてるのが見え見えですね。来年参院選前になんかしら切り札を切ろうと準備してそうですけど。
 検察や警察は一枚岩なんですかね? 小泉=安倍従米売国路線に疑問を感じてる官僚さんって、いっらしゃらんのですかね? 同じことはマスメディアの方々にも言えるのですけど。地方自治体知事の談合疑惑追及もいいんですが、オリックス宮内会長や竹中前大臣、福井日銀総裁のような方々の悪こそ追求されるべきでしょう。報道関連マスコミも上記の方々の追求をぴたっと止めちゃったし、どうなってんすかね?

 栗本槙一郎氏の「純個人的小泉純一郎論」によると、小泉氏の頭の中では、安倍氏のワンポイントリリーフは既定の事実で、2007年参院選自民敗北後に、国際資金資本(ウォール街)のバックアップで首相に返り咲き、マスコミと一体になって日本の国富のアメリカ売りを完遂させるつもりのようです。その先に待ってるのは、アメリカ並みの格差と、公共の破壊なようですね。小泉再登板だけは、なんとしても阻止しないといけないようです。栗本氏によれば、自民党内で小泉氏の弱み強み双方を知りつくした福田元長官が、その流れを阻止できるのでは?ということらしいですけど…。

(あら、なんかタイトルから逸脱して、ロシア元情報院暗殺のことより国内問題についての内容が多くなってしまいましたな(~_~;)。)

ロとの外交問題に発展 英、元情報員毒殺疑惑で | エキサイトニュース
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-25 13:22 | いろいろ感想文
2006年 11月 19日
悲しい「円」=「外貨準備分散先として円が魅力的と考えず=UAE中銀」
「外貨準備分散先として円が魅力的と考えず=UAE中銀」(ロイター11月17日) 

「日本の貿易取引でさえドル建てで行われている。円は日銀の管理が非常に強く、若干下落している。信頼を失ったと言えるだろう」(上記記事より)だそうです。

 日本の外貨準備中のドルの割合が高い上に(短期米国債で全体の約30%保有。勿論世界トップ)、引き続き今後もドル建ての貿易決済を減らすようにも見えない、ってことなんでしょうか(従米小泉&安倍内閣ですからな)。
 <ドル下落のリスク分散として円は使えない>すなわち<ドルが下がれば多額のドル国債を持つ円の含み損が増えて一緒に下落する>と見られているのでしょう…。
 アメリカ(ドル)国債買いに奔走し、その経済力に見合った円の国際化をおざなりにしてきた日本の、特にこの20年のツケが回ってきてるんでしょうな。
 軍産複合体に大盤振るまいしてきたブッシュ政権と一蓮托生のニッポン。いや、ほんとヤバイかもです。


「マネー敗戦の政治経済学」 吉川 元忠 (著) AMAZON「BOOK」データベースより
日本はあらゆる金融資源を投入して米ドルの価値を最終的には維持しなければならないという立場におかれている。これが「マネー敗戦の構造」と呼べるものであり、経済政策の自主性を失わせている。長期にわたる経済の惨状の原因でもある。一方、アメリカはこのような日本の存在を前提とし、つまりその金融資源を自由に消費することによって長期好況を演出することも可能となっている…


Excite エキサイト : 国際ニュース
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-19 01:48 | お金、政治
2006年 11月 17日
「<訃報>フリードマン氏94歳=米経済学者」だそうです。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061117-00000024-mai-peo

 100年後の歴史家は、彼をどう評価するのでしょうか?

 マネーの力で世界を影でコントロールしてる方々にとっては、高いレベルで「使いもの」になった学者さんだったんでしょうが…。


 政府からの自由、を謳ったシカゴ学派の新自由主義経済学ですが、実際にその経済学が採用され起きたことは、今のアメリカや日本を見ればわかるように、政府の権限、管理が逆に強化されてしまったということではないでしょうか? フリードマン氏自身はそのことをどう思っていたのでしょうか?
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-17 12:34 | いろいろ感想文
2006年 11月 16日
イラン攻撃に向けての世論作りか? 「<ソマリア>イスラム勢力720人がヒズボラの戦闘に参加」
 このニュースって、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃に向けての世論作りのための、情報リークの一環じゃあないでしょうか。

 イラク攻撃の前に大量破壊兵器やアルカイダとの関係を、ことさら大げさに煽ったのと同じで、イランに関係するというヒズボラに関して、大げさにその脅威を煽ってるのでしょう。


 (話はちょっと別の方向に進みますが)
 石油決済のドルからユーロへの移行を表明してるイランに対して、アメリカとイスラエルは基軸通貨としてのドル維持のために、直接攻撃を含めた脅しをかけ続けるはずです。民主党が中間選挙で勝ったかどうかとは関係なく、イランが核開発を続けるかどうかの関係なく、今後ともイランへの圧力と挑発を強めると思います。

 石油決済や貿易決済のドルから他通貨への移行が進み、アメリカにドルが還流していかなくなることによるドル暴落によって、アメリカとイスラエルの力が相対的に下がって行かない限り、「テロ戦争」は終結しないと思われます。
 別の面からいえば、ドル暴落が目前に迫ってるが故の、止むに止まれぬアメリカ、イスラエルによる強引な戦争、ってことなのでしょうが…

 フセインは実際に2000年11月に石油決済のユーロ化を開始しましたが、2年ちょっと後の2003年に開始されたイラク戦争で、イラクの石油決済はドルに戻されちゃったそうですね。イランに対しても同じことをするぞと、アメリカとイスラエルは脅しにかかっているのでしょう。

 しかし、もし近い将来、ドルが大きく下がると、日本がかかえる大量のドル国債(政府、民間合わせて300兆円超とか)が不良債権化(紙切れ化)しちゃうらしいので、何らかのリスクヘッジをしてほしいですが、今のアメリカ追随まっしぐらの日本政府を見てると、ちょっと難しそうですね(T_T)。
 それと、世界最大の消費国アメリカがぶっ倒れると、世界恐慌になってしまうというジレンマがありますから、ちょっと時間がかかっても、アメリカに変わるマーケットを世界中に分散させる等のリスクヘッジをした後に、ドルを暴落させていただきたいものです。

Excite エキサイト : 国際ニュース
<ソマリア>イスラム勢力720人がヒズボラの戦闘に参加
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-16 23:07 | 世界情勢
2006年 11月 14日
被害妄想なのではありません。
 先日、友人と呑んだとき、その友人が仕事で付き合ってる外資系の社員から、「日本はアメリカからの投資で景気が回復し潤っているのだし、アメリカのような『合理的な』経済にするべく『改革』を更に進めていけば、もっと景気がよくなるはずだ。今地方で起きてるシャッター街の問題も、単にその地方の人々の創意工夫が足りないがゆえの効率の低さからだ。」といったようなことを言われたそうです。小泉+竹中前両大臣、及び大手マスコミの言ってることをそんまんま鵜呑みにして信じてる方々って沢山いらっしゃるのね、と思いました。供給側の効率を上げさえすれば、問題は解決していくだろうという新自由主義的イデオロギーに対する無邪気な信頼です。ご自分が消費者であると同時に生産者である事実が抜け落ちちゃってる(苦笑)。
 日々多忙で、マスコミから垂れ流される情報のみで物事を判断せざるを得ないという事情もあるのかもしれませんが、「木を見て森を見ない」とは、このことではないのか?と思ってしまいました。

 で、構造的にアメリカに日本の富を搾取されてる構造があると私が述べていることは、アメリカに対する過度な被害妄想ではないか、との指摘が、その友人からありました。
 書店や図書館に行って、「拒否できない日本」「主権在米経済」(→同書評)等を読んでほしいです。残念なことに今の日本ではマスコミは真実を伝えません。政府や企業というスポンサーにはたてつけないからでしょう。ただ幸いなことにネットや書籍を通じて、情報を得ることは可能です。

たとえば
http://blog.goo.ne.jp/leonlobo/c/6e1ed8fde853ba41c40b5457be84d6ee

http://blog.mag2.com/m/log/0000012950/107884191.html?js

http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/index.html

http://biz.yahoo.co.jp/column/company/ead/celebrated/person5/person5_list1.html

http://www.chokugen.com/opinion/backnumber/back_h18.htm

といったサイトをご覧になって、そのサイトが親米か反米にかかわらず、伝わってくる現在の世界の枠組みというものを、今一度考えなおしていただきたいと、その友人や知り合いだという外資系企業の社員に対して思いました。
 世界最大の債務国(借金国)アメリカが、なぜ延々と戦争というカネのかかる行為を続けられ、しかも景気がいいと言われるのか? なぜ日本は世界最大の債権国(金貸し国)なのに、財政赤字が続き国民の生活は豊かであるといえないのでしょうか?
 単に公務員や地方や土建利権に「搾取」されているだけなんでしょうか? 経済構造や技術がアメリカに比べて「劣っている」からなんでしょうか?
 耳心地の良いワンフレーズではなく、実際の数字等を参照に事実を冷静に把握したうえで、私の言ってることを批判してほしいと思いました。
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-14 15:30 | 世界情勢
2006年 11月 14日
exciteブログがトラブっているようです。
http://blog.excite.co.jp/staff/4676998/より

表示不具合のお詫びとトラックバック受付停止について

2006年11月12日未明から一部ユーザの方のブログに表示不具合が発生していました。
また、13日早朝より、エキサイトブログの処理能力を超えるスパムトラックバックが集中的にきており、多くの方のブログが表示できない状態に陥りました。
そのため、9時50分より再度トラックバックの受付を停止させていただいております。
復旧でき次第、この場でご連絡いたします。

※11時30分より、エキサイトブログ同士のトラックバック受付を再開しました。

ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたします。
今後ともエキサイトブログをよろしくお願いいたします。

by exblog_team | 2006-11-13 10:05 | Trackback(9) | Comments(50)

だそーで、外部ブログからのトラックバック機能が停止しているようです。



●追記(10/15夜)
 トラックバック再開されたようです。

 http://blog.excite.co.jp/staffより。

外部ブログからのトラックバック受付を再開しました

2006年11月13日朝より停止させていただいておりました、エキサイトブログ以外からのトラックバック受付ですが、先ほど再開しました。
ご利用のみなさまにはご迷惑をおかけいたしました。
深くお詫びいたします。

ここ数週間のうちに、スパムトラックバックが急激に増加しております。
エキサイトブログでは、スパマーのブラックリストを日々生成しており、エキサイトブログへのトラックバックはこのリストと照合させ、ブラックリストにないもののみ受け付けております。
短時間に大量のスパムが来ると、この作業へ負荷が増大し、ブログの表示そのものにも影響がでるためこのような措置を取らせていただいておりました。

今回はスパムを受付なくするプログラムを書き換えて反映させております。
しかしながら、エキサイトブログに来るトラックバックのうち、約95%がスパムであり、残り5%のなかでも大部分がブラックリストに載っていないスパムであるという現実があります。
ここはイタチゴッコの様相になっておりますが、より快適にご利用になれるよう努力していきます。

今後ともエキサイトブログをよろしくお願いいたします。

# by exblog_team | 2006-11-15 14:16 | Trackback | Comments(15)

[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-14 02:37 | いろいろ感想文
2006年 11月 12日
表現の大リーグと草野球。村上隆や諏訪大社とか。
 先日引用させていただた「暇つぶしの時代―さよなら競争社会」 橘川幸夫著 平凡社刊から、同じ部分になりますが再引用します。
 今回は普段かかわっているアートについて、同じ本からの考察です。

(P200-201)
 誰もが松井秀喜(大リーガー)になれるわけではない。しかし、選択の際に間違えてはいけないのは、競争社会の競争が厳しいから、そこから逃避するために草野球(身近な仲間たちとのプレイ)にいくのではない。草野球の中にこそ、これからの日本社会の基盤を作る可能性があるのだからと、積極的な意志を持っていかなければ、そこは単なるコンプレックスの集まりになる。競争社会の栄光ではなく、ともに生きる人たちとの楽しみを分かち合うことに喜びを感じなければ意味がない。日本が民族としての独立性を確保するためには、競争社会の中での自己責任を問う社会ではなく、競争に強い人も弱い人も、同じように生きていける社会システムを目指していかなければならないだろう。自己責任の名の下に強い者だけが勝ち残る社会ではなく、弱者を「救済」するのでもなく、強い者も弱い者も同じ視点で、全体として生きていく共同体こそ大事なのであろう。


 で、これを読んで、なるほど村上隆はアート界の松井秀喜を目指してたのかな、と思いました。
 同世代の人間として、彼は偉いとは思いますが、その物腰を見ていてあまり楽しそうじゃないw。起業家、ディレクターとして優れているのかもしれませんが…。

 日本のアートは遅れている、と以前から言われているけど、そもそも「アート」という概念・システムが欧米の政治経済文化と不可分のものなわけだし、グローバルな視点から見ると、それは数ある文化の一つでしか無いんですよね。
 実存的な個の探究という点では、欧米の表現は明らかに秀でていますが、欧米以外の文化圏でそれが、はたして広く必要とされているのか?といえば、簡単に肯くことはできません。

a0054997_3473113.jpg


 先日お詣りした諏訪大社下社とかもそうなんだけど、最近神社仏閣に行って思うのは、建築や彫刻のその高い技術と美意識。ただ欧米的なアートの枠組みからは外れているのですが…。
 セイム・オールドな神社仏閣スタイルを真似しろ、というのではなく、生活や日常に根ざした空間にそれとなく高度な技術と高度な美意識を持ったモノがある、っていうことの素晴らしさを、現代の日本で再現できないものか?と思うわけです(誰がカネを出すかってのも大きなカギになると思うけど、自分の無い頭ではアイデアが今思い浮かばない(~_~;))。

 21世紀はいろんな文化が相対化せざるを得なくなってくる世紀になることでしょう。同時に世界共通のマスプロダクツ文明の中にもいるってことですけど、その中で日本人の表現者として何ができるのか?ってことですよね。その立ち位置が有利に働いたり不利に働いたりするんでしょう。
 僕個人的にはグローバルな場所(大リーグ)に立つことより、具体的な身の回りの関係の中で、自らも楽しみつつ、高い芸術性を日常空間で実現できるような、「草野球」的なあり方を模索していきたいと、上記「暇つぶしの時代―さよなら競争社会」を読んでいて思いました。またそれには、神社仏閣の美術品のあり方も一つのヒントになるような気がするのですが…。
 個々の作品云々というより、お金の流れも含めた地に足の着いたシステムの構築が必要なんですよね。
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-12 03:49 | いろいろ感想文
2006年 11月 06日
アメリカという人工国家の特殊性にもっと目を向けるべきかもしれませんね。-2
「アメリカという人工国家の特殊性にもっと目を向けるべきかもしれませんね。-1」の続きです。)

引き続き「暇つぶしの時代―さよなら競争社会」 橘川幸夫著 平凡社刊から引用します。


・グローバルなステージで自分の実力を試すことを選ぶ=大リーグを目指す者、例えば松井秀喜。
・身近な仲間たちとプレイそのものを楽しむことを選ぶ=草野球。

と企業や社会のあり方や人の生き方を、野球に例えて、下記のようなことが述べられてます。

(P200-201)
 誰もが松井秀喜になれるわけではない。しかし、選択の際に間違えてはいけないのは、競争社会の競争が厳しいから、そこから逃避するために草野球にいくのではない。草野球の中にこそ、これからの日本社会の基盤を作る可能性があるのだからと、積極的な意志を持っていかなければ、そこは単なるコンプレックスの集まりになる。競争社会の栄光ではなく、ともに生きる人たちとの楽しみを分かち合うことに喜びを感じなければ意味がない。日本が民族としての独立性を確保するためには、競争社会の中での自己責任を問う社会ではなく、競争に強い人も弱い人も、同じように生きていける社会システムを目指していかなければならないだろう。自己責任の名の下に強い者だけが勝ち残る社会ではなく、弱者を「救済」するのでもなく、強い者も弱い者も同じ視点で、全体として生きていく共同体こそ大事なのであろう。


 アメリカ合衆国の、土地とは切り離されたその強い抽象性は、ヨーロッパに於いて土地を持たず、国民国家とは別の形で生き続けたユダヤ人の境遇と、ある意味大きな共通性を持っていように思います。
 ユダヤ=シオニスト的なものが、アメリカの大きな力になっているのは、ある種必然だったんでしょうね。



 シオニストの話が出たところで、最後に蛇足話ですが、北朝鮮の問題は、日本がアメリカからミサイルを前倒しで買ってくれたことで、ひとます収束に向かうようですね。
 で、やはりというべきか、イスラエルが、わざとムスリムの人々を怒らせるための挑発的行為を、パレスチナで開始したようです。かつてアメリカがABCラインで締め上げてから日本にハルノートを突き付けたように、イスラム世界全体を揺さぶることでイランを挑発し、イランもしくは関連すると思われる組織に軍事的に先に手を出させ、それを理由にアメリカとイスラエルが合法的にイラン攻撃を行うための一貫だそうです(参考サイト

 なんだか国内外で困ったことが進行してますね……。(太字=当ブログ管理者)
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-06 19:57 | 日米関係
2006年 11月 06日
アメリカという人工国家の特殊性にもっと目を向けるべきかもしれませんね。-1
 アメリカという人工国家の特殊性、そこに目を向けないまま、その経済的繁栄を羨み、盲目的にその方法論を鵜呑みにし、そんな社会を日本は90年代後半より目指してきたようです。
 そして、この10年余りそのように日本を「改革」してきたことの結果が、現今の格差社会であり、多くの国民にとっての実感無き経済成長なのだと思います。
 安倍内閣の経済政策を見ても、更なる法人税減税や、医療費等の値上げ、緊縮財政といった、これまで通りの、アメリカ型新自由主義社会化を推し進める気でいるようです。

(タイトルについて:厳密にいえば「人工的」でない国家なんてあり得ないのですが、人工度がより高い国としてのアメリカというふうにお考えください。特に先進国中で民族国家から一番遠い国、といったような意味で「人工国家」という言葉を用いました。)

 日本はアメリカとは違うタイプの国民国家であり共同体であって、アメリカという国の成り立ちが持つ特殊性にもっと気付くべきでしょう。その上で日本の社会のあり方を考えていくべきであろうと思います。
 事実アメリカは高い経済成長を続けています。しかし、同じ先進国でも、日本やヨーロッパのような長い歴史をもつ共同体の上に成り立ってる国家と、アメリカは違う、ということを下記に紹介する橘川氏(新規メディア開発、マーケティング調査、企業コンサルティング等を手掛けてる方だそうです)は繰り返し述べておられます。
 この見方は、アメリカ型の新自由主義社会が、我が国の発展のための唯一の処方箋であるが如き言説を垂れ流し続ける政治家、官僚、御用学者、企業、マスコミ等への反撃材料の一つにもなるかと思います。


「暇つぶしの時代―さよなら競争社会」 橘川幸夫著 平凡社刊より
(P190)
このように、アメリカには世界中の「豊かさを求める人たち」が集まる。貧しくても、才能がなくても、同じ土地で生まれた者たちを守らなければならない本来の国家の姿とは、根本的に異なるのである。アメリカは国家というよりも、利益獲得と配分を目的とした人が集まった「会社」に近い。アメリカの移民政策を見ていると、新入社員の雇用選抜試験のように見える。

(P192)
アメリカは、歴史がないことを武器にして、逆に世界中から人材と富と技術を吸収していく大きな都市のような国家である。21世紀の世界は、アメリカ的な方法を追求する国家と、それとは別の、民族の特質を土台とする普通の国家とに大きく分けられていくのである。

(P94-95)
 僕は政治評論家ではないので、国際政治についてとやかく言うつもりはない。ただ、日本の社会のあり方と方向性を考える時に、昨今のアメリカの方向性とは大きく異なる道を歩むべきだと思っている。端的に言えば、アメリカは工業化による永遠の高度成長を目指す国家である。そして、日本は、工業社会の次のステップである、成熟した工業社会を目指すべきであると、僕は思っている。

 先進国の温室効果ガスについて、法的拘束力のある数値目標を、国ごとに設定しようとする京都議定書に、アメリカは署名しなかった。アメリカの国益に合わない、という理由からである。中国は、発展途上にある国も一律に規制するのは反対である、と言っている。アメリカは、自らをまだ発展途上国であると思い、永遠の発展を求めているのであろう。

 日本がアメリカに追従するならば、国家の方向性として工業社会を更に推し進め、中国と競争し、国際競争力を高め、リストラを徹底しなければならないだろう。果たして、そのような社会を望んでいる者がどれほどいるのだろうか。京都議定書の思想を実行プランに移しているヨーロッパ諸国が、日本の進むべき成熟化した工業社会を目指す仲間であるならば、いっそ日米安全保障条約を破棄して、EUに加盟すべきではないかと思う。もしくは、アメリカの反対に抗して、アジア諸国の中で成熟化した工業社会を目指す仲間とともに、アジア版EUを作っていく方向に進むべきである。

 日本の企業も選択を迫られている。永遠の高度成長を目指すこれまでの方法論をこれからも追求するという道も、ひとつの見識である。そのためには、日本を捨ててアメリカもしくはグローバルな企業になることを求められている。
大企業の多くが国際会計基準を採用したのも、そうした方向性の選択であろう。ホンダやSONYなどの企業は、もしかしたら、かなりの部分がアメリカの企業になっているのかもしれない。

(P198-199)
 世界中の近代国家を目指す国々は、現在、同じ問題を抱えている。各国のリーダー層はインテリであり、自国の権力闘争に勝ち抜いた者である。若い時にアメリカで学んだ者も少なくないだろう。競争社会に勝ち抜いた者は、アメリカの運動論に憧れ、アメリカとともに自国の発展を願うだろう。しかし、一般大衆層は、競争社会よりも自らの民族性に根差した生活を求めるだろう。少数のリーダー層と大多数の民衆の考え方の矛盾が露出してきている。工業社会を目指す限り、アメリカの運動論はこの上なく魅力的であり、アメリカという親会社の下で下請け作業した方が、自国を発展させるためには得策だと思うのだろう。しかし、日本は工業社会の次のステージへと進もうとしているのだ。

 企業については、こういう選択肢がある。アメリカを代表とする世界のステージへ進出し、「永遠の無限の市場」を求めて、新たな競争社会を全力で生き延びる道を選ぶか、さもなくば、本書で書いたような「オーナーシェフ型」の地域やユーザーの見える企業としての「生業」を求めるか、である。企業や政治は変革を求められている、とはよく語られる言葉だが、それは果たしてどちらの方向に進む変革なのかが問題なのである。単なる組織の合理化だけでは、社会全体が衰弱する。


 「改革なくして成長無し」と声高に叫んでいた小泉首相やその内閣が目指してきたものは、日本の社会の構造を上記の「『永遠の無限の市場』を求めて、新たな競争社会を全力で生き延びる」形にしていくことだったのでしょうね。マスコミもその流れに沿ってプロパカンダを進めてきたというわけでしょう。
 ただ、橘川氏も述べているように、それが日本の大衆が本当に望んだ社会であったのでしょうか? マスコミによる刷り込みによって大いなる誤解をさせられたまま、ここまで来てしまった面も強くはないでしょうか? (太字=当ブログ管理者)

「アメリカという人工国家の特殊性にもっと目を向けるべきかもしれませんね。-2」に続く))。
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-06 01:07 | 日米関係
2006年 11月 01日
続・続・個と共同体(子育ての現場から)
 先日アップした「個と共同体(子育ての現場から)」に関連して「続・個と共同体(子育ての現場から)」の続きです。

 引き続き“リベラル派”Rさんのご意見に対する私の返答です。

社会民主主義的な高福祉政策と、伝統にとらわれない新しい共同体作りの関係は、重なる部分もあるかもしれませんが、関係無い部分も少なからずあるかと思います。

Rさんのおっしゃてるようなリベラリズムは、近現代ヨーロッパの思想的な追求の中から導かれてきたものではないでしょうか。それはキリスト教という共通の基盤と伝統の中で、キリスト教の絶対権力から逃れようとした多くの人々の知恵と犠牲の上に導かれてきたものです。
しかし、近代化のスタートも遅れ、しかも全く欧米の文化歴史とはバックボーンの違うところから工業化、資本主義化を進めて来た日本にそれをそのまんま持ってきて、「これが最新の処方箋です」と言っても、そのまま通用するとは思われません(それはそのまま、昨今英米アングロサクソン系国にならって日本政府が進めている新自由主義化政策についても言えることだと思いますが…)。

例えば天皇制の問題にしても、儒教をベースとする世界観の中での役割があったわけです(天皇制を肯定するために言ってるわけではありません。事実の例としてあげさせていただいたまでです)。
何を言いたいかというと、東アジアでは人間と自然のかかわりあい方や、「神」と呼ばれるような人を超えた超越的存在との関係の捉え方が、ヨーロッパとは全然違うということです。思想的な見地から見れば欧米に比して“遅れている”のが日本です。そういうところも加味したうえで、見ていただきたいと思います。


 高福祉社会民主主義政策に関しては、佐藤優氏と鈴木宗男氏との対論の中で、『北欧的な社会民主主義政策を実際に日本で行っていたのは、鈴木宗男議員や橋本派であったわけですが、ただ彼らが北欧の社会民主主義者に比べ下品に見えるのは、日本人の品性が下品だからだ』といった内容のくだりがあり、妙に納得してしまいましたけどね(笑)。
 アメリカからの圧力もあったうえ、それに乗じてひと儲けしようと考える国内勢力によって大店法が敷かれ、駅前シャッター街が当たり前になってしまった地方の惨状を見ると、国内で富を還流させてきた旧来の自民党的手法の優れていた点が逆にあぶり出されたように思われます。強力な土建利権と結びついたことで、各地の美しい自然がコンクリート漬けにされてしまったことには、少なくない憤りをおぼえますが、資金の国内もしくは地方還流システムとしては、一つの完成型として機能していたように思います。
 しかし、旧橋本派とはバックにつく利権が異なる“旧大蔵族”自民森派や小泉首相による、これまでの日本型社会民主主義型システムの急激な破壊が、資金の流ればかりではなく、人心やコミュニティまでも破壊してしまったことは、一つの事実だと思われます。

 更に下記のような内容で返答しました。

自分のような父子家庭だと、母子家庭に比べ福祉は薄くなります。特にうちのような障害を持っていながら法律の網にすくわれない子どもがいる場合は本当に困りものです。また旧来の「女性=被害者」という意識が裁判所や弁護士に強いため(←これはどちらかつうと戦後の反封建主義リベラル派の考えだろうと思われますが…)、離婚時に理不尽な思いをしました。そういう点では旧来の家族観は改善されるべきだと思います。

ただ、西欧的な個人主義を日本で徹底させることには無理があるように思います。上記のような不正義なところは改善すべきですが、日本人のいわゆる「自我の弱さ」や共同体重視の姿勢を強制的に修正しようとすることには疑問を感じます。


 私個人の恥の上塗りになってはしまいますが、下記のような内容の返答書き込みも行いました。

自分も実際父子家庭でやっていて、精神的、経済的に限界ギリギリのところでやってますから。なんとか持ってるのは、幸い私の親(子どもにとっては祖父)からのがサポートがあるからで、それが無かったらと思うとぞっとします。実際、孤立して行き場を失ってしまう方々は多勢いらっしゃると思います。子虐待もその一つの表れだと思っています。

で、子殺し・子虐待の報道があると、その親に対しての批判が多いようですが、実際暴力的で問題のある親もいるのかもしれませんが、大きい目で見れば批判してる方々も含めた社会の在り方の問題ですよ、ということを言いたかったわけです。

僕個人としては、異なる文化共同体間の平等性、尊重ということは認めますが、各共同体内でのタテの関係は否定しません。長年かけて身の回りの自然環境との付き合いの中で育んできた共同体の知恵を「古い」といってバッサリと切ってしまうことは、「民主主義」を至上のものとして世界に押し付け戦争をしてる今のアメリカとだぶって見えてしまいますし。


 また、教育関連のお仕事のご経験もある女性Cさんは、現在の日本に於けるコミュニティの崩壊危機に対する僕の危惧に対して、下記のようなご意見を書き込んでくれました。

いや、すごくわかります。
最近、気づいたんですが、ものを大事にしようねっていう「もったいない」を考えよう、みたいなコミュがあったりするんですが、それはそれでいいことだなと思って、自分、入ってたりもするんですけど、彼らの問題にしてるのって結局、モノなんですよ。すべてが。
モノを大切にすることがもったいないの意識だったりしてるわけ。
だけど、もったいないって、別にモノだけじゃないじゃん。
いいんですよ、もったいないを考えようってのはね。でもさ、
そういうところのズレを感じちゃうわけ。これは、頭でどうこうじゃないんだよね。もったいないは体で覚えたことだと思うのよ。ご飯を残しちゃいけないとか、肌で感じたものでしょ。いまのもったいないは自分の問題であって、スタイルだったりする。社会性ないし。でも本当は社会があっての問題なはずなんだよね。
共同体ってのにも通じると思うんだけど、えーとdarsana-te2haさんの話とずれちゃってる?


 僕個人的には、日本にある伝統的な、特に「場」を重視した道教的な世界観を基盤としたコミュニティの再生を、儒教的な世界観をも含めつつ、求めていきたいです。
 今日本で進行する個人主義化は、正当な人類史的進化の過程というより、ドルによる富の収奪を目指した多国籍企業や国際金融資本の思惑が背後で強く作用しているものだと思うからです。一部の覇権国、覇権企業の利益を第一義とし、そのためのツールとしての「アメリカ的民主化」が半強制的にもたらされたものでしょう。それは人類史的な次なるステージへの理想というより、もっと即物的傾向が強いものだと思われます。いわゆる「3S政策--スポーツ、セックス、スクリーン(今やテレビに変わっているのかもしれませんが)--」による衆寓化を行うことでの人心コントロールです。
 又かつてはリベラルで左翼的な志向を持っていましたので、いわゆる「民主化」「個人主義化」に対して疑問も持っていなかった私ですが、最近の日本の猟奇的な犯罪、またイスラム圏で起こっている戦争を鏡にして我が国や身の回りを振り返ったときに、「民主化」「個人主義化」といったものに対し小さくない疑問を感じるようになりました。
 特に生きていくうえでの基本となる安全な食、及び農ということを考えると、伝統的な農村の共同体の在り方は、全てそのままでオーケーとは言いせんが、尊重すべき不可欠なものだと思います。
[PR]

by darsana-te2ha | 2006-11-01 00:10 | 世相