<   2007年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

2007年 05月 27日
従米、媚米で憲法改正。更なる従米化を推し進めるだけの安倍内閣。まったく仰るとおり。
 下記のリンクの内容について、まったく仰る通り、正論だと思いました。
 安倍首相は「憲法改正で国際社会での日本の地位向上」を謳いながら、結局、アメリカ政府さまに従順に従うことで、そのアメリカの力で自分の権力基盤を強化したいだけではないんでしょうか。単なる姑息者でないんですかね。軍部の力を過信して暴走し、破滅的な戦争に突入していった戦前の日本政府とよく似ていませんか。戦時中の内閣にいた岸信介氏の血を惹く安倍首相らしいっちゃらしいが、多くの国民が迷惑ですよね。小泉前首相による国民経済の安売りに引き続き、今度は国民の血を売ることで自らの権力基盤を強化しようとする商人政治家が、引き続き日本を牛耳ってるようです。そのお言葉から安倍首相ご自身は武士(もののふ)を気取っておられるようですが、実際にやってらっしゃることを拝見していると、姑息な人身売買商人にしか見えません、と言ったら言い過ぎでしょうか?
 先だって批判した経団連トップの某氏といい、政治経済のトップが綺麗事を言う話術ばかりに長けてて、その実、利己的なボンボン、っていう現状を見ていると、身の回りの若者たちや子どもたちの将来に対して大きな不安を覚えてしまいます。

「藤原直哉の『日本と世界にひとこと』 2007年5月15日 憲法改正より日米安保改正」(音声によるコラムです)

 タイトルの通り日米安保について、もっと議論がなされるべきです。憲法改正をマスコミも含め声高に主張してますが、冷戦が終了してしまった現状において、日本の地位を貶めているとしか思えない日米安保条約について、なんの疑問も出てこないのはおかしくありませんか? 憲法改正を主張するのであれば、明らかに片手落ちではないでしょうか?

 もう二つ、下記も全くその通りだと思いました。

「森田実の言わねばならぬ[249] 『声』特集――言論の自由が日本を救う」より
 安倍政権が最重要課題とする「改憲」にしても、安倍政権が真に「右翼」であるのなら、「あくまで自主防衛を基本とし米国とも一定の距離を保つことをめざす」はずです。しかし、実際は「自衛隊の海外派遣」も「集団的自衛権の確立」もすべて米国の言いなりです。「押し付け憲法の改正」と言いながら、その「改正」の中身は「米国の言いなり」なのですから完全に矛盾しています。


「[2007.05.10] 正しい日米関係は平和国家日本の確立から始まる | [公式] 天木直人のブログ」より
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を掲げ、自虐史観を捨て去る保守派の一人である。  しかしその安倍首相は一方において、「かけがえのない日米同盟」を掲げる。これは自己矛盾である。そしてその結果として米国に不快感と警戒心を抱かせる事になった。問題はその後の対応である。米国との関係修復を何にも優先させる以上、釈明をするしかない。信念を曲げるしかない。負い目を引きずった外交は従来以上に対米従属になって終わってしまう。久間防衛大臣の例をみると明らかだ。これは悲惨である。小泉対米従属より悪い。米国に嫌われてなお対米従属から離れられない。もっと卑屈な対米従属に終わってしまう。


 安倍首相訪米前に出てきた、従軍慰安婦問題へのアメリカ国内の批判は、安倍首相を揺さぶり、従順にアメリカの意向を受けいらせるためのものだったんでしょうね。安倍首相訪米後にピタリと批判が止んだようですが、日米政府間でどんな裏取引があったんでしょうか?
[PR]

by darsana-te2ha | 2007-05-27 02:02 | 日米関係
2007年 05月 21日
写真を二つ比べてみると…。歴史の謎、色々。江戸時代はそんなに悪い時代じゃなかった筈。
この写真は

Meiji-Tenno.jpg

明治天皇の若かりし日だそうです。
「明治天皇」は暗殺されていた!! 南北朝秘史-其の肆- より)

でこの写真は
ootora.jpg

大室寅之祐という長州の下級武士として写っていた写真だそうです。
こちらの写真をトリミングしたんですけど、錚々たるメンバーの中に写ってるのではありますが。
2枚を比べると眉毛は違いますが、耳の形、口元、あごの形、鼻の形はクリソツです。

明治天皇は、実は大室寅之祐ではなかったのか?という説があるそうです


昨日、代々木公園でのOne Love Jamaica Festival 2007の帰りに、たばこと塩の博物館で浮世絵の肉筆画展を見てきました。無名の絵描きたちの作品からにじみでてくる江戸時代の庶民の生活って、結構楽しそうだなと思いました。
江戸時代が封建的で庶民は皆苦しんでた、というのは反徳川で体制転覆を仕掛けた維新政府による、自らの正当性の為のプロパカンダのような気がするんですけどね。自分もさんざん洗脳されてきましたけど。昨年のイラクでのフセイン大統領の裁判とか見ると、なるほどなって思うのですけど(別にフセインを全面擁護するわけではないが、あの裁判はやっぱ茶番でしょ。勝てば官軍っていつの時代もあるなんだろうと思いました)。
[PR]

by darsana-te2ha | 2007-05-21 23:58 | いろいろ感想文
2007年 05月 08日
キリスト教が「新大陸」で行なってきた暴力-2。
 「キリスト教が「新大陸」で行なってきた暴力-1。」に引き続き「魂の征服―アンデスにおける改宗の政治学」 斉藤晃著 1993年 平凡社刊より引用します。

 16~17世紀にアンデスで起こった下記を読むと、「グローバル化」にさらされ、特に地方に於いて旧来の共同体が崩壊させられている、ここのところの日本の状況とダブって見えてしまうのは私だけでしょうか? 「グローバル・スタンダード」とキリスト教が重なって見えてきます。話は飛躍し過ぎかもしれませんが、かのアメリカによる日本や世界に対する「年次改革要望書」は、まさに日本人を下記のような経済的、政治的隷属状態に置くことを目的にしたものではないかと思えてきます。時代や状況は違いますが、見方をちょっと変えると、16~17世紀のアンデスのアンデスで起きていたことが、今日本で起きつつあるのかもしれません。

(P319~321「経済的疎外と悪魔崇拝」より)
 スペインによる征服以降、植民地国家の経済機構はその司法機構と同様、アイユ共同体(引用者注:アンデスの伝統的地縁血縁共同体。祖先を共有する者たちによる血縁的集団)の生存と繁栄に直接影響を及ぼしており、それを無視して伝統の殻の中にひたすら閉じ籠もることはもはや不可能だった。それゆえインディオは、訴訟活動や貨幣経済参入によりそれらの外来的機構を自分たちの利益に沿って実践的に操作しようとするとともに、観念的にもそれらの諸機構を伝統的神々の統制のもとに置こうとしたのだった。しかしながら、彼らにとって不幸なことに、経済機構や司法機構の実践的統制は、それらの観念的統制と歩調を合わせて進みはしなかった。植民地国家の法的諸機構が伝統的神々により統御されていると想像することは比較的たやすいが、それらの機構を実際に操ることは、スペイン人の抵抗を直接被るため、非常に困難だった。その結果、伝統的神々により統御されているはずの司法機構や経済機構が、実際にはスペイン人により統御され、インディオに対して抑圧的に機能している、という逆説的現象が生じることになった。そして、植民地社会の抑圧的諸機構をインディオの利益に沿って統御すべき神々は、いつの間にか、それらの諸機構を操ってインディオを抑圧することになってしまったのである。
 実際、貨幣経済に参入したアイユ共同体のインディオは、当初の経済活動の成功にもかかわらず、植民地社会の経済機構を統御するにはほど遠かった。よく知られたことだが、貨幣経済の土着社会への浸透は、次第にアイユ共同体の自給自足を困難にし、互酬性の原理に基づく相互扶助のモラルを脅かしていった。一五七〇年代の副王トレドの改革以降、現金での租税を納める方式が一般化し、貨幣に対する需要がますます高まっていった。他方、ミタ制度(引用者注:18~50歳までの全ての男子が毎年最低2ヶ月はスペイン国王のために働かなければならない植民地的制度。)による労働力の徴発により、アイユ共同体がその再生産に用いることの出来る人的資源はいよいよ減少していった。こうして、十七世紀以降、アイユ共同体の自給自足的基盤は揺らぎ出し、インディオたちはしばしばトウモロコシやジャガイモなどの必需食料品まで市場に頼らねばならなくなった。
 アイユ共同体の自給自足の崩壊の帰結のひとつは、インディオの半プロレタリア化であった。事実、十七世紀以降、クラカ(複数のアイユを束ねた共同体を治める長)を介した共同体単位の労働力売買にかわって、アシエントと呼ばれる個人単位の労働契約が増えてきた。スペイン人事業家との間にアシエント契約を結んだインディオは、自由な賃金労働者と隷属的農奴の中間のような身分で労働に従事したのだった。さらに、十八世紀になると、コレヒドール(引用者注:スペインから派遣された統治者・代官)や教区司祭の間でレパルティミエント・デ・メルカンシアスと呼ばれる強制的物資配給が盛んになってきた。植民地官僚や聖職者がその役職から最大限の商業利益を引き出すために作られたこの制度は、管轄下のインディオに不要な品物を割高の値段で無理やり買わせることをその骨子としていた。その結果、インディオは恒常的に借金に縛られ、ますます貧困化していった。

 上記なども見方を変えると、勤勉に働き稼いだ外貨をアメリカ国債やドルに無理やり変えさせられ、自国内に十分その富が還流してこない今の日本人のようです。
 さらにスペイン人にうまく取り入った一部のインディオたちが、立場の弱いその他多勢のインディオたちを操り、搾取するという構図も生まれてきたようです。そんなところも今の日本を彷彿とさせられてしまいます。
(P321~322より)
 アイユの自給自足的基盤が弱体化し、インディオの半プロレタリア化が進行するとともに、共同体のモラルも低下し始めた。前述のように、植民地官僚となったクラカや、市参事会や司祭補佐の役職に就いたラディーノ(引用者注:インディオとスペイン人との混血)のうち、少なからざる者がスペイン人と結託し、同胞の犠牲のもとで蓄財に励んだため、アイユ共同体の内部で階級対立が尖鋭化していった。また、人頭税やミタから逃れるため出身アイユを離脱する者が増大し、多くの共同体がファラステロと呼ばれるよそ者を抱え込むことになった。アイユ共同体が貧者と富者、オリヒナヒオ(地元民)とファラステロとの対立に引き裂かれてゆくにつれて、親族の紐帯に基づく相互扶助の理念は次第に拘束力を失い、利己主義的風潮が広まるようになった。その結果、裕福なインディオの中には、貧しい同胞に金を貸しつけ、借金で束縛することで、彼らの労働力を搾取する者まで現れるようになった。

 現在、インディオたちが被ってる状況は、今の日本と比べ更に厳しいものですが、前回の「キリスト教が「新大陸」で行なってきた暴力-1。」で紹介させていただいたような伝統的信仰や文化に対する文字通りの暴力的破壊と経済的な搾取、ヨーロッパからの伝染病の猛威等によって文化的かつ人的基盤を破壊されてきました。生き残ったインディオたちの多くも、未だに貧しい生活を強いられているようですね。

 伝統を破壊されつつも、基層的な部分でキリスト教による大掛かりな文化的ジェノサイドに晒されることなく、経済的発展を遂げてきた日本人です。そんな私たち日本人たちこそ、キリスト教によるインディオたちの呪縛を解放させるために何かできるのではないか、という気もするのですが…。
 「ラブ・ミー・テンダー」を唄って悦にいっていた小泉前首相のように似非アメリカ人になろうとする欺瞞から多くの日本人が目覚め、新しい世界や人間の在り方への模索を始めるべき時がやってきてるように個人的には思っています。
[PR]

by darsana-te2ha | 2007-05-08 00:33 | 世界情勢
2007年 05月 04日
キリスト教が「新大陸」で行なってきた暴力-1。
 前回、米国での銃乱射について書いたときに取り上げた、ヨーロッパキリスト教の持つ、自己本位な暴力性について、もう少し書いてみようと思います。

 スペインの宣教師ザビエルが日本にやってきたのと同じ頃、同じスペイン人たちが新大陸を「発見」し、元々そこ(南アメリカ・アンデス)で生活をしていた住人たちをキリスト教に無理やり改宗し、その富を収奪していく過程をつづった「魂の征服」という本から引用します。
 踏み絵といったような日本の切支丹への弾圧を、遠藤周作氏を初めとした日本の文化人たちは批判しますが、もし秀吉はじめ日本の為政者がキリスト教の日本への流入を許し、宣教師たちが大量に日本へやってきたとしたら、アンデスで起こった下記ようなことが日本でも起こったであろうことは容易に想像できます。自分たちの信じるキリスト教が世界最高峰の教えと信じ、それを暴力を持ってまでして他民族に押し付け、その後その富を強奪することを、神の恩寵と感じてる彼らの脳みそと感性の構造からすれば当然だったかもしれませんけどね。


 16世紀の前半に、スペイン人たちは武力でアンデスの地を鎮圧し、古来のアニミズム的な土着の信仰をしてきたアンデスの民に、キリスト教の「福音」を押し付けることにひとまず成功しました。しかし17世紀に入った頃に下記のような問題が表面化してきたようです。

「魂の征服―アンデスにおける改宗の政治学」 斉藤晃著 1993年 平凡社刊
より引用
(p258~259より)
 こうして強制的改宗に対する対抗手段としての(インディオたちによる)「心の中の偶像崇拝」は、その最も洗練された形態に到達したことなる。破壊可能なものはすべて破壊しつくされ、神殿や神像の痕跡は何ひとつ残されていないが、インディオはあたかも何ごともなかったかのように、いままでと同じ場所でいままでと同じ形式に則って礼拝を続けるのである。ただし、彼らが崇拝しているのは、もはやワカ(引用者注:アンデスの人々が、スペイン人侵入前に信仰していたアニミズム的な神々や祖先の霊のこと。日本で言うところの「八百万の神」)そのものではなく、ワカがかつてそこにあったという記憶である。そして、この記憶が生き続ける限り、ワカの魂はいつも舞い戻り、彼らが差し出す供物を受け取ってくれるのである。
 このような「記憶の中の偶像崇拝」は土着宗教の根絶を目指すスペイン人聖職者を大いに苛立たせたと思われる。例えば、(中略)アリアーガの文章には、できることならインディオの記憶自体を根絶してしまいたいという彼の苛立ちが良く表われている。


 そこで、支配者たるスペイン人たちは次なる改宗の徹底化に乗り出します。偶像崇拝撲滅運動のために、聖職者たち(巡察使)を各地の村に派遣し、偶像崇拝の実態を調べ上げ、根絶していったそうです。

(p260~261より)
いったい何が彼らの抵抗活動(=インディオたちによる上記のような「記憶の中の偶像崇拝」や、スペイン人侵入前の旧来の神像を密かに隠し礼拝すること/引用者注)の挫折をもたらしたのだろうか。
 この問いに満足のゆく形で答えるためには、暴力の問題を避けて通ることはできない。というのも、十七世紀の偶像崇拝根絶巡察は村落生活への暴力的介入に他ならず、巡察使は暴力的手段を行使して村人の異教的慣行を暴き出していたのだから。巡察使たちは、秘密裏に維持されていた土着宗教のネットワークを明るみに出すため、二種類の暴力を行使していた。すなわち、心理的暴力と肉体的暴力である。
 まず前者に関してだが、巡察使は「偶像崇拝者」の口を割らせるために周到な心理作戦を行なっていた。村落に到着した巡察使の一行は、司祭の助けを借りてミサを主宰し、説教を垂れ、教理を教えるかたわら、村人の取り調べを開始した。取り調べは個別かつ秘密裏に行われ、尋問を受けた人々は互いに口をきくことのできない秘密の場所に隔離された。また、密告が奨励され、たくさんの褒美が人目に付かないようにばらまかれた。その結果、村人は取り調べの成果や情報の出所を知ることができず、互いに疑心暗鬼になっていった。誰がそのようなことを巡察使に打ち明けたかについて様々な噂が飛び交い、根拠のない非難や責任のなすり合いが始まった(引用者注:まさに「分断して統治せよ!」)。巡察使は証言の食い違いを巧みに追及し、ときには被疑者同士を対面させ口論をけしかけることで、彼らの相互不信を煽り立てた。こうして、ついには村人は互いに秘密を暴きあうまでに至るのだった。したがって、偶像崇拝根絶巡察は村落生活そのものの破壊であった。巡察使の一行が通り過ぎた後の村では、親戚や友人同士の長年にわたる信頼関係はぼろぼろになり、村人は相互不信と自責の念にさいなまれることになったのである。

 巡察使とは、教会によって検察権と裁判権を与えられたスペイン人聖職者(インディオの問題について経験豊かで、また説教の力に長け神学の知識に精通した者が教会によって選ばれたとか/同書p245より)で、記録をつける公証人、インディオの通訳と、修道士(!)が一緒に随行したそうです。神の名を借りつつも伝統社会の更なる破壊以外の何者でもないと思われるのですが…。日本における切支丹弾圧もけっして誉められたものではありませんが、冒頭に書いたように、もし16世紀の時点でキリスト教が日本に本格的に入り込んできてたら、と想像するとぞっとします。
 引き続き同書より引用します。
(p261~262より)
 極秘の取り調べや密告の奨励による心理的暴力は、被疑者に対する肉体的暴力の行使と対になっていた。訴訟手続きが取られ、逮捕状が発行されると、巡察使は被疑者を捕縛し、しばしば足かせをはめて牢屋に投獄した。逮捕された被疑者は巡察使の尋問を受け、供述が不十分だと見なされた場合には、拷問を受けた。最も頻繁に適用された拷問は太い縄でふくらはぎや腕を徐々に締めつけるもので、この責め苦を受けた被疑者は不具になることがあった。これらの合法的暴力は、実際の状況では、しばしば無差別暴力へエスカレートすることがあったと思われる。この点に関しては史料が少ないので確かなことは言えないが、村人があくまでワカの在処(ありか)を打ち明けることを拒否したり、巡察使がワカに捧げられた財宝や家畜に下心を持ってる場合には、被疑者に対する尋問は自白を強要する拷問に変わり、やがて歯止めの効かない暴力までにエスカレートすることは十分あり得ただろう(引用者注:先に述べたような、形無き心の中の神像の他にも、土着の神であるワカの神像を人目の付かない場所に巧妙に隠して礼拝することも多々行われていたそうです)。
 一例を挙げれば、土着の年代記作者ワマン・ポマ・アヤラは、フランシスコ・デ・アビラに迫害されてハウハ地方から逃げてきた三人のインディオ女性と知り合い、彼女らが語った巡察使の非道振りを「新しき年代記と良き統治」に書き留めている。


 いやはや、宗教家がこんなことを平然と行ってたわけですから恐ろしいことです。ザビエルも、アンデスで巡察使をやっていた方々と同じ「聖職者」だったんですよね。仏教も含めた他宗教でも政治がからむこといよって同じような蛮行は行われてきたようですが…。しかし、僕の少ない知識と情報の中では、宗教に直接携わる聖職者によるここまで徹底して大規模な暴力は、近現代ではなかなか見つけづらいように思われます。
 因みに「天皇のロザリオ」において鬼塚英昭氏が、ザビエルはマラノ(カトリックに改宗したユダヤ人)で本質的には商人であって、聖職者である表の顔とは別に武器の売買や諜報活動をやっていたのではないか、と述べておられました。

以下、「キリスト教が『新大陸』で行なってきた暴力-2。」に続けます。
[PR]

by darsana-te2ha | 2007-05-04 19:18 | 世界情勢